Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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例年4月といえば気温も天気も不安定なドイツだが、今年はずっと高止まり。3月に続いて異常な暑さと乾燥が続く。今月に入ってから一度気温が下がった時期があったが、雨はもう数週間見ていない。昨日と今日は気温が30度に届き、すでに今月だけでそういった真夏日がそのほかに二三日もあった。昨日アテネ出張から戻ってきた同僚によればアテネは15度前後とドイツよりも10度以上も気温が低かったようだ。

すっかり真夏の陽気の中、昨夜は会社の同僚数名で旧市街(アルトシュタット)に繰り出し、屋外テラスでスペイン料理を楽しんだ後、アイリッシュパブで欧州サッカーチャンピオンズリーグのチェルシー対リバプールをTV観戦。今夜は今夜で大事なビジネスパートナーとの重要な会合があり、夜はライン川沿いのイタリアンレストランで、やはり屋外でのディナー。夜9時半になっても空はうっすら明るく、気温もおそらく二十度以上と、4月とはとても思えない。

10カ国ほどから二十数名が集まった今夜の会食。快適な陽気に恵まれてはいたが、自分の将来の人生を左右するかもしれない重要な場とあって思いは巡り、リラックスして川面を流れる風を楽しむどころではなかったのが残念である。
     
「ハーメルンの笛吹き男」。ねずみが増えて困っていた中世のハーメルンにふらりとやってきた怪しげな風貌の男が、笛を吹いてネズミたちを河に飛び込ませることで退治するが、ハーメルンの役人たちは報酬を出し渋る。それに怒った笛吹き男は街の子供たちを笛でおびき出し、どこかへ連れ去ってしまう・・・

この話、私はドイツに来るまでなんとなくしか知らなかったのだが、1268年の6月26日に実際にあった話なのだそうだ。教会のミサで大人たちが出かけている間に130人もの子供たちが蒸発しており、子供たちが誘い出されたとされる通りでは今も楽器の演奏が禁止されているとのこと。実話だと聞けば不気味で薄ら寒い感じがする。

子供たちがいなくなったとされる場所


中世の香りを残すハーメルンの街。徒歩で一時間もあれば見て回れる広さだが、この少し不気味な伝説が美しいこの街に他にはない陰影を与える。史実の真実性はどうあれ、このハーメルンの笛吹き男(ドイツ語では「ネズミ捕り男」と呼ばれる)のおかげでこの街は今も観光地として世界中から多くの観光客を引き寄せ、多くのキャラクターグッズや本を販売している。中心街の歩道にはネズミのマークが印刷され、それをたどっていくと教会など、街の観光名所をたどれるようになっている。

今回ハーメルンに一泊したのだが、街中ではなく、郊外の古城ホテルに宿泊。16世紀に建てられた古城を改装して2004年にオープンした五つ星ホテルで、ベージュの砂岩質の古城の外観とは打って変わって内装はモダンでシック。最新の設備を完備したプールもあり、子供たちも満足。イースター休暇中の繁忙期にもかかわらず家族4人で泊まって一泊140ユーロ(部屋はHotel.comで数日前に自分で予約)。イギリスやフランスの有名な古城ホテルであれば5万円はくだらないことを考えれば大変リーズナブルだといえる。ゴルフ場が併設されており、ゴルフをプレーするのであればなおよいだろう。

Scholosshotel Münchhausen

ハーメルン郊外の古城ホテル

     
12世紀から16世紀ごろにかけて、欧州の貿易を取り仕切っていたハンザ同盟。貿易で富をなした都市の同盟であり、多いときには欧州の200を越える都市が加盟していたという。その中でも盟主とされたのがリューベックで、ブレーメンやハンブルグといった北ドイツの都市が中心メンバーとして、その強大さゆえに高い自治権を獲得していた。他にもストックホルムやタリンといった北海、バルト海沿いの港湾都市の大半、さらにはデュッセルドルフやケルンといった河港都市もそこには含まれた。15-16世紀の大航海時代に飛び込むと、海洋貿易の中心はアフリカ、アジアへのアクセスがよいスペインやポルトガルといった南欧に移り、ハンザ都市は急速に権勢を失う。最後には6都市が代表を送るだけとなり、17世紀の会議を最後に同盟は消滅する。

ハンザ同盟の中心都市はどこもとても立派な市庁舎(ドイツ語でRathaus)を昔から持っており、それらは今でも街のシンボルとして中心に位置している。今回初めて知ったのだが、こうした北部ドイツの市庁舎の地下にはたいていレストランがあり、特にハンザ都市のものは立派で、重厚な雰囲気の中、伝統的なドイツ料理を楽しめる。写真はハンブルグ市庁舎とその地下のレストラン。
ハンブルグ市庁舎 市庁舎地下のレストラン


先週回ったのはリューベック、ブレーメン、ハンブルグ、ツェレ、ハーメルン(後者二つはハンザ都市ではない)の5都市。それぞれ特徴がある街であるが、その中でもリューベックが特に印象に残る街だった。周囲を運河で囲まれた世界遺産、リューベックはさほど大きくはなく、徒歩圏内に見所が集まる。とりわけ今回私たちが感銘を受けたのは市庁舎の裏にあるマリエン教会だ。高い双子の塔を持つドイツで三番目に大きな教会で、内部のパイプオルガンは世界最大級とされ、バッハもここを訪れている。大戦で戦火に包まれ、その時に爆撃を受けて落下破損した鐘がそのままの形で展示されている。数多くの教会を見てきているが、ここの教会は一見の価値あり。

リューベックの町並み 世界遺産リューベックを囲む運河


マリエン教会内の世界最大級のパイプオルガン 爆撃で破損したマリエン教会の鐘

     
先週金曜日からこの月曜までイースター(キリスト教の復活祭)で、西欧のほとんどの国では金曜と月曜が祝日。当然この時期は大移動が起こり、観光地は飛行機代も宿泊費も高騰する。私たち家族は、なるべく混雑を避けて気楽にいける北ドイツを車でドライブすることに。

初日  デュッセルドルフからブレーメンへ。ブレーメン観光後ハンブルグに移動。
二日目 ハンブルグ観光をしてからリューベックに移動。
三日目 リューベック観光、ハノーバーに近いツェレに立ち寄り、ハーメルンへ。
最終日 ハーメルン観光後、デュッセルドルフへ

というわけで、いわばハンザ同盟都市めぐりである。ドイツは高速道路の平均走行スピードが速いので、250kmの移動でも2時間と少しで着いてしまう。初日以外は3時間以上ドライブすることもなく、ゆっくりではないが無理はあまりしない旅。

中世の時代に貿易都市同盟として大きな富を生み、その結果自治権を獲得したハンザ同盟。リューベックを盟主に、ハンブルグ、ブレーメンなどがそれぞれ力を持ち、これらの街は今でも市でありながら、特別市として州と同等の自治権を与えられているという事実はこの旅行を期に調べて知った次第。どの街も歴史を感じさせる独特の風格をもち、普段見慣れたルール工業地帯の比較的新しいドイツの町とは違い、なかなか見ごたえがあった。それぞれの街の特徴や写真については今後アップしていく予定。
     
ロイター発信のニュースによれば、ドイツの高速道路を走る自動車には、ドライバーの収入とスピードに相関関係があり、収入が多いほどスピードを出す傾向があるという。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070228-00000024-reu-ent

しかし、これはちょっと短絡的で乱暴な結論である。なぜなら、お金持ちがスピードを出すのは彼らが高級車に乗っていると考えられるからである。お金持ちでも小さなルノーに乗っていればスピードは出さないだろうし、逆に収入がない人でも、メルセデスに乗せれば200kmオーバーで走るだろう。

つまり、相関があるのは車種とスピードであり、所有車種と収入なのである。かならずしも高収入=スピードを出す、とは言えないはずだ。

ドイツのニュースサイトの英文記事
http://www.dw-world.de/dw/article/0,2144,2366949,00.html
     
オランダとドイツの対立の話で思い出したのがこれ。

http://www.youtube.com/watch?v=8-07iszCVfM

サッカーの欧州選手権、Euro2004の時のドイツ対オランダ戦のキャンペーンCMである。



オランダの車がキャンピングカーを引っ張っているところがポイント。ヨーロッパではオランダ人のキャンピングカー好きは広く知られている。
     
今日は雪の降りしきるアムステルダムで一日ミーティング。帰りにオランダ人同僚の運転する車でアムステルダムの街を走ったのだが、前に書いたようにこの街は異常に自転車が多く、ドライバー泣かせである。彼の運転するドイツナンバーのアウディで走っているところに、おばさんが乗る自転車が道を横断しようと突っ込んできた。車優先の道であり、急ブレーキも危ないので彼はかまわず直進したのだが、停止を余儀なくされた自転車のおばさんは、大きな声でこちらを罵ったのだった。

何を言っているのか、私にはまったく分からないが、オランダ人の彼にはなんとなくわかったようだ。彼はこう言った。「ドイツのナンバープレートだからね。」そして、”Germany is not the most popular country in the Netherlands. “と付け足した。直訳では「オランダではドイツは最も人気のある国ではない」となるが、これはすなわち、「オランダではドイツは嫌われている」という意味を婉曲的に表現したものだ。こちらの人はこうした皮肉交じりの婉曲表現をよく使う。

なるほど、戦後数十年たった今も、ナチスに踏みにじられたオランダ人のドイツへの嫌悪感というのは厳然と残っているのだなということをうかがわせる出来事だった。
     
今日は一日欧州中に季節外れの嵐が吹き荒れた。ドイツでは時速170km(秒速47m)という烈風を記録したとか。異常に暖かい冬に時ならぬ嵐(ドイツ語ではOrkanと呼ばれる)、やはり地球温暖化(Global Warming)の影響かとみんな不安げに口にするのである。

というわけで今日は学校も閉鎖、オフィスでも帰宅の勧告が出る中、私も残業をそこそこに切り上げて帰宅。夕食後、普段は見ないTVをザッピングしていると、VIVAというドイツ語のチャンネルでこんな番組を偶然発見。

Shibuya Karaoke

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Author:TI
日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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