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今日はスイスのチューリヒに飛んだ。スイスではドイツ語、フランス語、イタリア語、そして滅び行くロマン語の四つの言語が公用語とされ、スイス国営テレビ局も四つの言語でそれぞれチャンネルを分けている。ドイツ語圏にあるチューリヒは、Zürichとドイツ語で綴り、原音に近いチューリヒと日本語では発音するが、英語ではズーリックと発音。英語で言われると日本人には分かりにくい地名のひとつだろう。チューリヒ空港はとても広くてきれいな(そして静かな)空港で、私の中ではこれまで見た空港の中でもベスト5に間違いなく入る快適さである。ターミナル間をつなぐSkymetroなる矛盾した名前の電車に乗ると、車内放送で牛の鳴き声とカウベルの音、そしてヨーデルが静かに流れる。スイスに来たという雰囲気を出そうとしているわけだが、思わず微笑んでしまう。
昼食時に、スイス人クライアントが日本に滞在したときのエピソードを話してくれた。
昼食時に、スイス人クライアントが日本に滞在したときのエピソードを話してくれた。
もう年配の彼は、かつて日本に行ったとき、日本文化と欧州との大きな違いにカルチャーショックを受けたようだが、商談をした日本人が、どんな不可能なことに対しても”maybe”と言葉を濁し、”no”といわなかったことが印象的だったそうだ。
それに対し私は、「日本人はお客さんを傷つけるのを怖れて、"No"とストレートに言わず、"difficult"という表現を使うことがあります。西洋人はそれを聞いて、"difficult but NOT impossible"と受け止めるのですが、日本人にとっては"difficult = impossible"を遠まわしに言っている。そこに誤解が生じます。」という、カルチャーの違いが生むすれちがいの話をした。スイス人の彼と、同席していたイギリス人同僚はいたく感心し、なるほどそれはよく分かるたとえ話だと納得しきりだった。(これは割とよく知られた話で、受け売りなのだが。)
彼らにとって、日本人の考え方というのはやはり時に理解に苦しむものであるようだ。でも、こうしてきちんと説明すれば、日本人がなぜそういう表現をするか、理解してくれるし、むしろ相手を傷つけまいという考え方に感心してくれもするのである。
それに対し私は、「日本人はお客さんを傷つけるのを怖れて、"No"とストレートに言わず、"difficult"という表現を使うことがあります。西洋人はそれを聞いて、"difficult but NOT impossible"と受け止めるのですが、日本人にとっては"difficult = impossible"を遠まわしに言っている。そこに誤解が生じます。」という、カルチャーの違いが生むすれちがいの話をした。スイス人の彼と、同席していたイギリス人同僚はいたく感心し、なるほどそれはよく分かるたとえ話だと納得しきりだった。(これは割とよく知られた話で、受け売りなのだが。)
彼らにとって、日本人の考え方というのはやはり時に理解に苦しむものであるようだ。でも、こうしてきちんと説明すれば、日本人がなぜそういう表現をするか、理解してくれるし、むしろ相手を傷つけまいという考え方に感心してくれもするのである。
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