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日本から届いた雑誌を読んでいて、日本の企業が「多様性」を重要視しはじめて女性の積極登用や国際化といった動きを活発化させているものの、実態はまだまだ苦労しているという記事を目にしました。
アメリカの社会や大学がよく強調するのが社会における“Diversity” 「多様性」の重要さです。ダーウィンの進化論やスペンサーの社会進化論のように、多様性こそが文化を永続的に発展させるためのエネルギーを生み出す源だと信じられています。ですから、人種はもちろん、個々人の多様性に対する理解を国民に求めています。異なる文化やバックグラウンドの人が触れ合うことによって、何か新しい考え方やアイデアが生まれ、それが時代を前に進めるエネルギーとなる。私にとっては、かつてアメリカに留学したときに初めて触れた考え方で、さすがアメリカ、と感銘を受けたものです。
しかし、元来多民族社会のアメリカが、多様であることの重要性をいまさらのように強調しなければならない背景には、多様性を維持することの難しさが隠れているように思います。アメリカという国の実態は人種の混合というより、様々な人種、出身の人のコミュニティーの集合体ともいえます。その頂点にマジョリティである白人が君臨しています。そしてそれぞれは水と油のように、放って置くと分離してしまう。私が留学していた大学院では、黒人はBlack MBA Associationというクラブを作って黒人同士で固まっていました。それは他の人種を寄せ付けない雰囲気があり、そういう人種での区分けがアカデミックな公の場にも存在することに驚きました。全米の大学に多数存在する、フラタニティFraternity, ソロリティSorority といったエリートグループも(Fraternityが男性中心、Sororityは女性のクラブ)、人種で分かれることが多いようです。一般社会でも、人種ごとに住む地域が異なり、住み分けが起こるのは周知の通りです。このように、人種混合社会というのは、内部では分裂しようという力が働くのが実態です。
アメリカ社会では、しかしながら、こうした壁や矛盾を乗り越えてさらに次に進もうという、社会全体の意思があり、それが上に挙げたように「多様性」信仰として顕れてくるのでしょう。シリコンバレーの成功の背景には中国やインド系の移民や留学生の力が、新たな産業、企業を生み出すのに大きな役割を果たしたといった、多様性のサクセスストーリーが語られますし、アメリカの大学を受験すれば、人種と肌の色を願書に記入させられます。選考過程において、人種がうまくミックスされるように考慮するためです。また、趣旨はやや異なりますが、雇用においても、企業や官庁が黒人やヒスパニックなどのマイノリティを一定数以上雇用するよう義務付けたAffirmative Actionがあります。
人間社会は、たとえるならしょうゆドレッシングのようなもので、寝かしておくと成分が分離してしまいます。アメリカでは、それを時々振ってやって混ざり合わせる仕組み、仕掛けが社会のあちらこちらに作られているわけです。うまくいっていないことも多いですが、そうすることが大事だと信じられて実行されています。アメリカ以上に社会の成り立ち、民族問題が複雑なヨーロッパは、EUという超国家という形で多様性社会を成立させようとしています。
片や、多様性という概念からは遠かった均質な日本社会が、多様性の大事さを謳い出したというのは、注目に値します。背景には経済や文化のグローバル化、少子化による人口減少、経済の停滞といった将来に対する不安があるのでしょう。環境に適合できたものが生き残ることができるという適者生存という考え方から見れば、今後日本がどういう社会を目指すべきなのか、多様性という切り口から考えるのは大事なことだと思います。
アメリカの社会や大学がよく強調するのが社会における“Diversity” 「多様性」の重要さです。ダーウィンの進化論やスペンサーの社会進化論のように、多様性こそが文化を永続的に発展させるためのエネルギーを生み出す源だと信じられています。ですから、人種はもちろん、個々人の多様性に対する理解を国民に求めています。異なる文化やバックグラウンドの人が触れ合うことによって、何か新しい考え方やアイデアが生まれ、それが時代を前に進めるエネルギーとなる。私にとっては、かつてアメリカに留学したときに初めて触れた考え方で、さすがアメリカ、と感銘を受けたものです。
しかし、元来多民族社会のアメリカが、多様であることの重要性をいまさらのように強調しなければならない背景には、多様性を維持することの難しさが隠れているように思います。アメリカという国の実態は人種の混合というより、様々な人種、出身の人のコミュニティーの集合体ともいえます。その頂点にマジョリティである白人が君臨しています。そしてそれぞれは水と油のように、放って置くと分離してしまう。私が留学していた大学院では、黒人はBlack MBA Associationというクラブを作って黒人同士で固まっていました。それは他の人種を寄せ付けない雰囲気があり、そういう人種での区分けがアカデミックな公の場にも存在することに驚きました。全米の大学に多数存在する、フラタニティFraternity, ソロリティSorority といったエリートグループも(Fraternityが男性中心、Sororityは女性のクラブ)、人種で分かれることが多いようです。一般社会でも、人種ごとに住む地域が異なり、住み分けが起こるのは周知の通りです。このように、人種混合社会というのは、内部では分裂しようという力が働くのが実態です。
アメリカ社会では、しかしながら、こうした壁や矛盾を乗り越えてさらに次に進もうという、社会全体の意思があり、それが上に挙げたように「多様性」信仰として顕れてくるのでしょう。シリコンバレーの成功の背景には中国やインド系の移民や留学生の力が、新たな産業、企業を生み出すのに大きな役割を果たしたといった、多様性のサクセスストーリーが語られますし、アメリカの大学を受験すれば、人種と肌の色を願書に記入させられます。選考過程において、人種がうまくミックスされるように考慮するためです。また、趣旨はやや異なりますが、雇用においても、企業や官庁が黒人やヒスパニックなどのマイノリティを一定数以上雇用するよう義務付けたAffirmative Actionがあります。
人間社会は、たとえるならしょうゆドレッシングのようなもので、寝かしておくと成分が分離してしまいます。アメリカでは、それを時々振ってやって混ざり合わせる仕組み、仕掛けが社会のあちらこちらに作られているわけです。うまくいっていないことも多いですが、そうすることが大事だと信じられて実行されています。アメリカ以上に社会の成り立ち、民族問題が複雑なヨーロッパは、EUという超国家という形で多様性社会を成立させようとしています。
片や、多様性という概念からは遠かった均質な日本社会が、多様性の大事さを謳い出したというのは、注目に値します。背景には経済や文化のグローバル化、少子化による人口減少、経済の停滞といった将来に対する不安があるのでしょう。環境に適合できたものが生き残ることができるという適者生存という考え方から見れば、今後日本がどういう社会を目指すべきなのか、多様性という切り口から考えるのは大事なことだと思います。

