Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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私はこの十年、日本はもちろん、イギリス、アメリカ、ドイツでフラット、家探しを繰り返してきました。そんな中で、賃貸情報での住居の情報の示し方に、各国それぞれ違いがあることに気付きました。例えば、日本の場合、家の方角がどちらを向いているのかが必ず表示され、南向きかどうかで値段まで変わってきますが、欧米ではどちら向きかということは、めったに話題にならないようです。理由の一つはおそらく、欧米では家にしてもフラットにしても、窓が複数の方角にあることが多いからだと思います。我が家の場合、各部屋は東と西、必ずどちらかに面しており、いつの時間でもどこかの部屋には光が差し込みます。

イギリスでは、住居の広さが数値で表示されません。住宅情報誌から広さが推し量れるのは部屋数だけです。これまで、イギリスでたくさんの家を見ましたが、その家が何平米あるのか、一度も見たことも聞いたこともありません。家主なら土地を買うときに分かるのかもしれませんが。各部屋ごとの広さまで分かる日本とは大きな違いです。

また、イギリスの場合、家の外観がジョージア王朝風か、ヴィクトリア王朝風か、チューダー王朝風かといった、建築様式にこだわりがあり、物件情報にはたいてい様式名が書かれています。建築年数は古いほうが価値が上がり、築三十年くらいだと比較的新しい部類に入ります。あと、面白いなと思ったのは、イギリスの場合、家の前の道が行き止まりになっていることがプラスになることです。通り抜ける車や通行人がないため、安全で静かということが売りになるのでしょう。イギリスではこれをCul de sacとフランス語風に呼びます。

一方、ドイツでは、
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娘が今日、「電柱って、電線がつながっているでしょ?さわってもしびれないの?」と私に訊いてきました。「コンクリートでできているから大丈夫だよ」と答えながら、娘は電柱を触ったことがないのかと思い至ります。日本では、都心など一部を除けば、当たり前にそこら中にある電柱。そこは昔から、犬がおしっこをひっかける場所であり、子供たちの「警ドロ」遊びの基地であり、極彩色のビラが通行人の視線を捉えようとひしめきあう場所でした。子供の頃の私は、つかまって何とか上に登れないものかとよく上を見上げたものです。先日、娘の学校で、電気がどうやって家庭まで運ばれてくるかを図にしなさいという宿題が出て、娘に相談された私は、思わず、「家と電柱と鉄塔を書いて送電線で結べ」といいそうになりました。高圧線や鉄塔はドイツにもあります。でも電柱はない。では、電線はどこから地中にもぐるのか、よくわからない。

ヨーロッパでは、電柱なるものはとんと見かけることがありません。ロンドンやパリでは100%無電柱化されているそうです。物心付いた頃から海外で暮らしている娘にとっては、電柱は稀にしか見ることがない、触れたこともない、遠い存在でしかないのです。

電線を地中に埋めることで電柱をなくそう、という動きが近年日本でも活発です。それによって、街の景観はよくなるし、道は通行しやすくなります。電柱を伝ってマンションの上の階に忍び込むなどという輩もいるようですから、治安面でもメリットがあります。

しかし、ことはそう単純ではないようです。
     
約八年前、初めて日本を離れてロンドンで暮らすことになったとき、英語力はTOEFLが600点手前、TOEICでは900点程度と、数えるほどの旅行と出張しか海外経験がなかった割には、まずまずでした。リスニングでいくつか点を落とす以外は、読解と文法がほぼ完璧だったからです。

ところが、実際に暮らしてみると、自分の身に付けた英語が実はビジネス英語であり、生活に密着した言葉を意外と知らないことに気付きました。ゴミがrubbishで、ゴミ箱がbin、電球がbulb、二重窓はdouble-glazed window、応接間はreception、車のトランクはbootといった具合です。どれも知らなかった単語ばかり(ほとんどイギリス英語ですが)。生活に密着した話題になるほど、語彙が貧弱なのです。

こんなこともありました。
     
日本人として海外で働いていると、日本人のよさを外国人から指摘されて再認識することがあります。ヨーロッパの人から見た日本人のよさというのは何でしょうか。「勤勉さ」「正確さ」「緻密さ」「忠誠心」など、色々とあるとは思いますが、日本人の美徳として私が最もよく耳にするのは、「礼儀正しさ」です。仕事の頼み方から部下や同僚、競合他社への接し方まで、Respectとpolitenessを忘れないその姿勢が、ひそかに周囲の外国人に感心されているようなのです。こうした日本人の礼儀正しさを見て、周囲の外国人はそれに影響され、社員全体に伝播して受け継がれ、外国にありながらも、日本企業独自の雰囲気、カルチャーを醸成していくのでしょう。

先日、会社を辞めてドイツ企業に移ったフランス人女性は、「日本企業の丁寧な仕事の頼み方が恋しい」とかつての同僚に訴えていたそうですし、私の目の前のドイツ人女性は、いかに日本人がアメリカ人やオランダ人といった人たちに比べて礼儀正しく、相手へのRespectを忘れないかを、彼女の実体験を交えて切々と語ってくれました。

イギリス人の同僚は、日本企業が社員を大事にする姿勢を高く評価していました。いともたやすく人がクビになる時代ですが、日本企業は社員を単なるコストとして捉えず、情けを持って接するところが、経営効率至上主義の米国や英国企業とは異なるといいます。そのことは時に、日本企業の非効率さ、コストの高さとして競争力を失わせる要因となりますが、長期的に見て、良い人材を長い目で育てることができるのは日本企業であり、そこが逆に強みとなることもあると彼は指摘します。彼は将来転職するにしても、日本企業に転職したいと考えているそうです。

一方、今の経済大国日本を作り上げた大きな要因であるはずの「勤勉さ」については、ヨーロッパでは必ずしもポジティブに捉えられません。プライベートライフを犠牲にしてまで働きすぎるその姿勢は、彼らには理解しがたいようです。私の会社でも最後まで残って残業をしているのは日本人ばかりですが、そんな光景は彼らには非効率だと映ります。昼夜土日を問わず働く日本人の働きぶりは、外国人の上司からは重宝されますが、しかしながら、北欧や西欧の企業は、社員にがむしゃらに働くことを特に要求せずとも、利益を出して成長し続けられる、スローライフ的ビジネスモデルをすでに生み出してきています。

昨今、政治やビジネスの世界では、従来のハードパワーではなく、ソフトパワーこそが競争力を決める時代に入ったと言われますが、意外と見落とされがちなこの「礼儀正しさ」こそが実は日本企業の隠れたパワーの源泉なのかもしれないなと考えたのでした。
     
セルビア内の自治州、国連暫定統治下にあるコソボが2月17日に独立宣言するとのニュースが出ています。人口200万人、アルバニア系住民が大半を占めるこの国、なかなか日本人にとっては距離的にも心理的にも遠い国ですが、私はコソボに仕事で知り合った人がいます。一年半ほど前になりますが、スペインのバルセロナで会議があり、そこで知り合いました。バルセロナの空港から一緒にタクシーに乗り、市内のホテルにチェックインしたのですが、そのとき、私の前にいた彼は、受付の女性に国籍を聞かれ、"Serbia"ではなく”Kosovo”と答えたのです。その女性はけげんな顔をして「コソボ?知りません。国の名前ですか?」と聞き返し、すこしむっとした彼は(おとなしく控えめな人です)、緑色のパスポートを取り出して、「これを見てくれ。セルビアの中にあるが、コソボはちゃんとした国なんだ」と、彼女に説明していました。そのとき私は初めて、コソボ国民(または州民)は”Serbia”ではなく”Kosovo”と表紙に書かれた独自のパスポートを持っていることを知ったのです。

複雑きわまる民族紛争の歴史、入り組んだ国民感情とそこに絡む政治的思惑といった事情は日本人にはなかなか理解しずらいのですが、自分の国を国家として認めてもらえないことに苛立ちとやりきれなさを感じる国民の気持ちを、おとなしい彼のあのときの熱心な反応に、私は垣間見たのでした。
     
ドイツに住む日本人が、ドイツから日本に持って帰りたいものとしてよく挙げるのが、ドイツの高速道路、アウトバーン(die Autobahn)です。確かに、速度制限を気にせずに、好きなスピードで突っ走れるアウトバーンはとても気持ちがよいものです。日本よりもはるかに短時間で長距離を移動できます。しかも無料ですので、無粋な料金所などありません。

先日、ナショナル・ジオグラフィック・チャンネルで、ドイツのアウトバーンについてのドキュメンタリーをやっていました。世界一のスピードとクオリティを誇るアウトバーンがどう設計され、管理されているのかを特集したもので、毎日通勤に使っていながら、私の知らないことも多く、興味深い内容でした。

アウトバーンの総延長は12000キロ、そのうちの3分の2の8000kmが速度無制限だそうです(ちなみに日本の高速道の総延長は9000km)。アウトバーンでは、時速200km以上で安全に走ることを可能にするために様々な工夫が凝らされています。例えば:
     
欧州の経済情報を集めたニュースサイトNNA.EUに、このたび、このブログを紹介いただくことになりました (ヨーロッパのブロガーたち)。 前のブログから通算するとちょうど三年間、好き勝手なことを書き散らしてきましたので、このようなプロフェッショナルなサイトに、ジャーナリストの方々のブログなどに並んでリンクいただくのは非常に気が引けるのですが、一方で大きな励みにもなりますし、背筋が伸びる思いです。

NNA.EUは、ヨーロッパの経済情報を集めたニュースポータルサイトとしては、これまで類のない充実したサイトだと思います。ぜひ覗いてみてください。

ヨーロッパの経済ビジネス情報 NNA.EU 

また、このサイトを立ち上げられた社長さんもブログを書いておられます。

ヨーロッパで働く女社長のブログ

これからも様々なトピックについて思いつくまま書いていきますので、お付き合いよろしくお願いします。
     
欧米は労働市場が流動的とよく言われます。つまり、転職をしやすい環境が整っており、みんな一社にこだわらずに転職を繰り返すのが普通とされます。本当にそうかと言いますと、実際には国によって多少差があります。まず、法律的に見て、アングロ・サクソン・モデルの英米と、独仏などの大陸ヨーロッパではかなり違いがあります。人を解雇して入れ替えやすい英米と、労働者が様々な法律で守られている独仏。例えばドイツの場合、こんな制約があります。

 会社は労働組合員を経営陣に入れることが義務付けられている。
 似たような仕事をしている勤続年数の長い人と短い人がいた場合、能力に関係なく、年数の短い人から解雇しなければならない。
 あるポジションの人を解雇してから半年以内に、同じポジションで新たな人を雇いたい場合、前任者を再雇用しなければならない。

この手の法律に詳しいわけではないので、正確ではないかもしれませんが、私が実地に見聞きした状況はこんな感じです。フランスも各種似たような法律で労働者を不当解雇から保護しています。そして、会社は解雇した従業員からの訴訟リスクに常にさらされています。このように、色々と法律で守られているドイツの労働者ですが、それでも、この一、二世代のうちにぐっと転職が一般的になったようで、四十代から下では、転職は当たり前となってきました。

一方、これらしがらみの多い独仏型雇用契約に比べると、イギリスはあっさりしたもので、解雇にまつわる制約はかなりゆるくなっています。アメリカも同様です。その分、労働市場が弾力的で、自主転職、解雇やレイオフ含めて、人が活発に動くのがアングロサクソン型の特徴です。私の知り合いでも、30代半ばになれば数社を渡り歩いているのが当たり前で、転職していない人は、逆に向上心や上昇志向がないのではないかとみなされるとさえ言われます。

終身雇用が崩れて、転職率が高まっていると言われる日本ですが、まだそれでも、いわゆる日本の大企業では転職をする人というのは少ないわけです。でも、一度ブームに火がついたら燃え広がるのが早いのが日本。日本の労働市場の流動化も、近い将来、一気に進む可能性があります。その前に日本政府と企業は、英米型を志向して自由な労働市場を築くのか、それとも大陸欧州型でいくべきなのか、独自のスタイルを堅持するのか、きちんと議論される必要があるのではないでしょうか。
     
大阪府の橋下知事が小学校低学年の35人学級制度を見直すよう指示したというニュースを見ました。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/localpolicy/121738/

財政負担増がその理由で、40人上限でもよいのではないかという見解を示しています。私は、海外で子供を育ててきた親として、この発言には最初、目を疑いました。 「日本の常識、世界の非常識」という言葉がありますが、日本における一クラスの人数の多さはその一つといえるかもしれません。

数年前、娘が通っていたアメリカの幼稚園では、先生一人につき子供は七人まで、という規制があり、クラスが八名になれば先生が二人ついていました。幼い子供には、先生の目がきちんと行き届くようにという配慮です。慣れない海外で子育てをしていた我々には、とても心強くて、安心させられたことを覚えています。小学校に上がってからは、イギリスとドイツの学校に通っていますが、どちらも一クラスは十数名。小学三年生(英国式でYear 4) の今でも16名です。一方、息子が通う日本人幼稚園では、年中組から一クラスが35名になると聞いて驚いています。

OECD(経済協力開発機構)が先進国の教育体制について比較したデータを発表しています(以前、このブログで取り上げました)。
     
海外に進出している日本企業の現地法人が、どの程度現地の外国人を登用するかというのは重要な問題です。私の会社の場合、ヨーロッパ本社はドイツ、社長はイタリア人で、その下の上級管理職をオランダ人、イギリス人、ベルギー人、ルクセンブルグ人、日本人といった多国籍のメンバーで固めていました。その下になると各国支社・支店の所長レベルになりますので、国籍はさらに多様になります。

その中で日本人は中間管理職と、その一段下の係長、担当者レベルに何人かいる程度です(ドイツに本社がありながら、ドイツ人が上級管理職にいないというのも不思議な話ですが、これはたまたまです)。このように、日本企業でありながら、ヨーロッパ支社のトップが日本人ではないという会社は少数派でしょう(東京本社のトップがウェールズ人というソニーのような極端な例もありますが)。そういう意味で、私の会社は現地スタッフの登用が比較的進んだ例だといえると思います。

ではなぜ、現地スタッフを登用して上に上げてきたのかという理由ですが、いくつかあります。

1. 現地の事情を知っている人に仕事を任せたほうがうまく行く。
2. 社歴がそこそこあり、経営能力があり、日本本社からの信頼が厚い現地スタッフがいる。
3. 日本人の駐在員は現地のスタッフに比べて、給与、手当、福利厚生などが高すぎる。

まず一点目については、その会社が扱う商品やサービスの性質によります。現地の市場環境にフィットさせなければ売れない商売であれば、事情の分からない言葉の不自由な日本人が担当するより、現地人の方が有利なのは理です。

二点目は、信頼関係がモノをいいます。本社は海外子会社をコントロールしたいもの。海外支社を外国人に任せるには、その外国人が本社から信頼を勝ち得ていなければなりませんが、外国人がそこまで信頼されるにはやはり言語コミュニケーションなどの障害があるので、時間がかかります。必然的に、社歴がそこそこあって社内での実績がある人が選ばれやすくなります。

三点目。会社にとっては、駐在員というのは何かと余分なお金がかかるもの。日本人駐在員一人の費用で同等レベルの現地スタッフ二人分の給料が払えると言われます。ですから、損益の観点から言えば、駐在員は少ないに越したことはないわけです。

逆に上の三点に当てはまらない場合には、海外子会社は日本人比率が必然的に高くなります。つまり、海外ではあるけれど得意先が日本人や日系企業の場合、こちらも日本人であることが顧客との関係強化に役立ちます。また、海外進出して日が浅く、現地人に信頼の置ける人材がいない場合、とりあえず日本人を送り込んで立ち上げるのが常套でしょう。三点目は、日本人駐在員が二人分、三人分働けばいいわけで、実際そういう例も散見されます。

人材こそが会社を成功させる要なのですから、一般的には、現地のスタッフによい人材が多い会社ほど、将来にわたって無理なく成長できる会社と言えるでしょう。日本人はついつい日本人の枠の中で仕事をしてしまいがちですが、それでは現地の人材は育ちません。長期的視野に立って現地スタッフの人材育成を戦略的に進めていくことが、日本企業の海外進出成功の大きな要素となると思います。
     
イギリスでは、オフィスビルなど、公共のトイレに出入りするための扉は二枚なければならないと法律で決まっていると聞いたことがあります。確かに、イギリスの公共建築のトイレの多くでは、トイレの入り口の扉を開けるとその奥にもう一枚扉があり、それを開けてようやく洗面所にたどりつけるようになっています。個室(Cubicle)に入るにはそれからさらに扉を開けるわけです。なぜこういう構造を法律で定めているのでしょうか。推測ですが、扉を一枚開けたときに、外から直接トイレのエリアが見えないようにという配慮かと思います。それとも臭いが外に漏れてこないようにということなのでしょうか。普通はそんなに臭うとは思えないので、おそらく前者でしょう。でも、飲食店のトイレではトイレの扉とテーブルが近い場合もあるので、イギリス式であればありがたいかも。消防の観点からも何か理由があるのかもしれません。

一方、どちらかといえば羞恥心に欠ける(笑)ドイツでは扉二枚という規制は特にないようで、オフィスでも空港などの公共建造物でも、扉を一枚開ければそこはもう洗面所、というところが多いです。

日本だと、入り口が折り返しになって外からの視界をさえぎるようになっているだけで、扉がない構造のトイレも多いようです。でも、先日東京の街角で見かけた公衆トイレは、外から中の小便器が直接見えてしまう構造でした。人通りのある街中ですから、ちょっとデリカシーがない。

それを上回るのが噂に聞く、扉のない中国の丸見え公衆トイレ。欧米人、日本人から見ればとんでもないということになりますが、中国ではそれでもよいとされてきた社会的背景があるのでしょう。トイレの作り方にもその国の文化や慣習、伝統が出てくるのです。
     
土曜日の夕方、カーニバルを直前に控えたドイツに戻ってきました。東京では天気に恵まれて暖かく、晴れ上がった昼間など、日本の冬は明るくて快適だなと感慨にふけっておりましたが、日曜には関東ではかなり雪が降ったようですね。一方こちら北東ドイツでは逆に、私が到着する日の朝、この冬初めての積雪があったようですが、私が着いた土曜の夕方の時点ではもう完全にやんでおりました。というわけで入れ違いになった私は、この冬まだ雪は見れずじまいです。

東京からヨーロッパに直行便で飛ぶには、日本海を飛び越え、アムール川を越えてロシアに入り、ハバロフスク上空を抜けて、その後はシベリア上空を延々と7-8時間も飛び続けるわけですが、その間ほとんど町らしいものは見かけることはなく、見渡す限り永久凍土の大地です(その大自然が織り成す見事な風景はSpaceglowさんのブログで見ることができます)。長いシベリアを抜けたその後飛行機はモスクワのはるか北側を抜けてバルト海に入り、フィンランドとエストニアの間を抜けてデンマークのコペンハーゲンあたりから南下してドイツに入り、フランクフルトに着陸します。

こうした空からの風景を眺めるのは楽しい体験ですが、これまでの風景で特に強く印象に残っているのが、グリーンランドの風景です。ヨーロッパからアメリカに飛ぶときには、北極圏を抜けてカナダに入り、アメリカに入るわけですが、天気の良い日であればグリーンランドの雄大な氷山を眼下に眺めることができます。日本からだとアメリカに行くためにグリーンランド上空を通ることはないので、これはヨーロッパからのフライトならではの体験です。

私が生まれて初めて大きな氷河を見て圧倒されているとき、同行していた同僚はデンマーク人でした。グリーンランドはデンマーク領ですが、彼はそのとき、グリーンランドに住むカラーリット族(イヌイットと同系)をデンマークに同化させようとしたデンマーク政府の政策がいかに失敗に終わったかという話を聞かせてくれたものです。

インドネシアから日本に帰る途中の夜間のフライトでは、狭い窓から見える漆黒の闇の中に目を凝らすと、いかにたくさんの星が見えるかに感動したこともありましたし、シカゴから飛び立ったときには、シアーズタワーやジョンハンコックセンターなど高層ビル群が雲海の上に突き出ている神秘的な光景を見ることができました。

上空3万フィートからの鳥瞰は時に驚くような景色を見せてくれるもの。パイロットの人をうらやましく思うときはそんなときです。
     
日本に戻ってきて、数日を経ると、自分が急速に日本人的感覚を取り戻しつつあるのを感じます。たとえば財布を入れたポケット。海外ではすりを警戒して、街を歩くときは財布が入っているポケットをそれとなく腕や手でガードして、隙を見せないようにしています。これはもうごく自然に身に付いた警戒心で、消えませんが、日本ではその危険性が低いと感じるのか、そのあたりの警戒は薄れるようです。そうして「日本とはなんと気が楽なんだろう」と実感するのです。

荷物を置いたまま少し離れたところに何かをとりに行くとか、子供を一人で登校、留守番させるとか、車中にかばんを置いたまま車を離れるとか、日本では普通に行われますが、これは日本の安全さゆえでしょう。海外ではこれらの行動は無警戒すぎますし、子供を一人で家においておくのは法律違反だったりします。

海外の慣れない土地に住むには、意識的、無意識的に自己防衛の警戒心を常に働かせていなければならず、こうした不断のストレスにさらされ続けていることで、意外と自分は疲れているのではないかと、日本に帰って改めて認識するわけです。日本も昨今は物騒になってきたというのは残念ですが、それでも日本であればまだ様子が分かっているし、言葉も通じる分、精神的には楽なのは確かなのです。
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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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