Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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今日から仕事で日本に来ています。今回は東京に三泊の予定。八月以来、半年振りの日本ですが、冬ということになると、二年前に来て以来です。火曜日の夜にフランクフルトを発ち、10時間半のフライトで、成田到着は水曜日の午後3時半ごろ。都内のホテルまでリムジンバスを利用しますが、夕刻の渋滞などもあり、チェックインするのは午後6時を回ります。

欧米から日本に来た外国人がまず驚くのは、礼儀正しさと(リムジンバスで、チケットもぎりの人が発車前にバスに乗ってきて、乗客全員に向けて頭を深々と下げるのを見て彼らは感動します)、そして、東京の巨大さだといいます。

なんといっても成田から都内までの一時間半(これが遠い)、街が途切れることがありません。私の知る限りではクアラルンプール新空港からクアラルンプール中心部までもかなり距離がありますが、あちらは途中はずっと熱帯のジャングルです。こちらは佐倉あたりを過ぎればあとはずっとコンクリートジャングル。

都内に入ると密集度はさらに増し、見渡す限りビルの森で、そのビルの一室一室に人が働いているのが見えると、その数の多さに気が遠くなる思いです。首都高速などは外国人には迷路にしか見えないでしょう。皇居周辺を除けば緑があまりにも少ないことも残念です。

人口800万人のロンドンでさえ、車や電車で20-30分も走れば緑豊かな郊外に出て、牧場で乗馬を楽しんでいる人などを見かけることができますし、ニューヨークもしかり。ドイツなどはフランクフルトでさえ人口200万人程度ですから、そもそも都市が分散しています。日本の首都圏は3000万人が暮らすといわれますが、ここまで住居やオフィスが固まっているのは、欧米の先進国では見ることができないのではないでしょうか。

中国などアジアの都市にも人口集中が進み、最近では東京をしのぐ人口の都市はアジアでは珍しくなくなったようです。富が集中する都市に人が集まるのは止むを得ない流れかもしれませんが、人口が集中することの弊害も様々あるわけで、日本人もそろそろ東京一極集中から抜け出して、欧州型のゆるやかな都市形成に舵を切れないものかと東京に来るたびに思います。
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二日間、アムステルダムまで出張していました。ヨーロッパ各国とアメリカ、アフリカ、オーストラリア、中近東から100名ほどが参加した会議でしたが、東洋人は私一人。カンファレンス、食事、その後のバーでの会話と、日本語を一言も話さないし、聞かない二日間でした。当然初対面の人が多く、緊張を強いられる場ではありますが、こうした場での社交が後のビジネスに利いてくるので、逃げるわけにもいきませんし、個人的にも、南アフリカ人やロシア人の話を聞く機会などあまりないので、視野を広げるにも貴重なチャンスではあります。

ともあれ、今回はラジオの交通渋滞情報の違いについて。朝、ラジオを聞いていると、アナウンサーが「XXインターチェンジで渋滞Xキロ」などと言います。これは日本であれ、イギリスであれ、ドイツであれ同じで、万国共通だと思っていました。でも、オランダの渋滞情報はちょっとユニークです。オランダのラジオでも、どこそこで何キロ渋滞ということは当然伝えるのですが、それに加えて、彼らは全国の渋滞のキロ数を合計して報告します。つまり、「午前7時半現在のオランダ全国の渋滞数は367キロ」といった具合です。オランダ人と話をしていると、「今朝の渋滞は260キロだったからましだった」とか、「月曜の朝は渋滞が400キロもあって大変だ」などと言います。国全体の渋滞数を足すことで、いかにたくさんの車が走っているかをざっくりと見るわけです。全国の渋滞が多ければ自分の周囲の渋滞も多いだろうという関連性があるからこその集計だと思います。

ドイツや、イギリス、日本では対象範囲が広すぎて、あまり意味がないのでしょうが、日本であれば東京中心部とその周囲で絞れば有用なサービスかも知れません。人口が1600万人で、人口密度は日本以上に高いオランダならではの考え方だと思います。
     
ルームシェアというのがあります。数年前、アメリカに留学したときに驚いたのが、見知らぬ男女がルームシェアをすることが当たり前のように行われていたことです。アメリカの学生向けアパートというのは、ルームシェアを前提に作られているところが多く、バスルームが二つ部屋の両端にあるなど、プライベートな生活空間がうまく分かれるようにできています。ただ、それでももちろんリビングやキッチンなどは共有するわけで、そんな中見知らぬ男女が部屋をシェアするというのは、日本人女性にはかなり抵抗があると思うのですが、アメリカではごく自然に受け入れられていました。イギリスなどヨーロッパでも若い男女が、別に恋人同士でなくても一緒に旅行をするとか、部屋をシェアすることが普通にあるということを見聞きします。

こうした慣習というのは欧米でも昔から同じというわけではないようで、二世代ほど上になると「けしからんこと」として眉をひそめる人が多いそうです。ではそうした意識の変化というのが、どうして起こったのかを考えると、それは「男女同権」というところに行き着くように思います。

欧米では女性が強いということはよく言われますが、実際に日本女性よりも欧米の女性のほうが自己主張、権利主張が強く、気も強いように感じます。日本では女性は控えめで男性を立てることがよいとされる風潮が強く、法律的には男女平等と言いながらも、社会的にはまだ男性優位の社会だと言えるでしょう。そんな中、男女を同じ屋根の下に住まわせると、欧米であれば男女同じ強さでバランスが取れる一方、日本では女性が心理的に弱い立場に立たされるということがあり、女性側に抵抗感(逆に男性にとっては優位に立とうという心理)が生まれやすいのではないでしょうか。

その背景には性に対する考え方、意識の違いがありますし、法律的にも日本の男女平等の歴史が欧米に比べて短いということがあるのでしょう。数十年前であれば欧米でも保守的な考え方が強く、男女がルームシェアなどとんでもないという風に思われたわけですから、今後日本でも女性が権利をもっと主張するようになって社会的意識がより平等になったとき、こうしたことがより一般的なこととして自然に受け入れられるようになっていくのではないでしょうか。
     
フランスでは生まれる子供のうち婚外子の割合が半数を超えたというニュースが報道されていました。結婚せずに出産する人が半数以上を占めるということで、日本人には驚きのニュースではありますが、40年前はこの割合は6%に過ぎなかったということで、この数十年で結婚に対する意識が大きく変わってきたことが伺えます。ちなみにWikipediaによれば、2003年度の各国の婚外子の割合は、アイスランド 63.6 %、スウェーデン 56 %、ノルウェー 50 %、デンマーク 44 %、イギリス 43 %、アメリカ 33 %、オランダ 31 %、イタリア 10 %と、北欧では軒並み高くなっています。日本は2%以下です。

私のオフィスには、事実上結婚していながら、法律的には結婚を選ばずに同棲を続けている人が何人もいます。年齢も20代の若い人から60近い人からまで様々。彼らは夫婦一緒に家を買ったりもしていますし、周囲もそれを当たり前のように受け入れています。結婚せずとも税制上や法律上不利にならないため、より自由な事実婚という緩やかな関係を望むわけですが、フランスの場合、結婚していないことが子育てに際しても不利にならないため、出生率は上がり、1.98まで達しています(EUで最高)。日本であれば非嫡出子として法律的に不利に扱われる婚外子ですが、婚外子が過半数を占めるスウェーデンでは「親の様々な生き方を認める」観点から、婚外子の法的・社会的差別が完全に撤廃されているといいます。

欧米に暮らしていると、こうした自由な婚姻関係や親子男女関係が普通に見えてきて、古い習俗や意識に囚われる日本が暗く窮屈に思えるときがあります。日本がフランスのようになれというわけではありませんが、日本人なら後ろめたく感じるようなことでも、ヨーロッパではごく当たり前に受け入れられる、すっきりした自由さを感じます。ゆがんだ差別意識が社会の暗部を生み、国全体の閉塞感を醸成するもの。こうした問題にも私たちは視野を広く持ち、日本を明るく自由な社会に変えていけるよう取り組んでいければと思います。
     
先日ギリシャに行ったとき、タクシーのラジオやレストランで耳にした音楽はどれも地中海風というか、アラビックな音階を多用したものでした。トルコあたりの音楽の影響も感じられました。普段英米のロックやポップ音楽に耳が慣れている私たちには、こうした音楽が実にエキゾチックに感じられました。

でも、私の中ではギリシャ出身のミュージシャといえばなんといってもヴァンゲリスです。フルネームはEvangelos Odysseas Papathanassiou (エヴァンゲロ・オディスィア・パパサナスィウ)。高校生の時以来、長らくヴァンゲリス・パパサナシュウと覚えていましたが、先ほど調べたらもっと難しい名前でした。70年代にデビューしたシンセサイザー奏者で、当時人気絶頂のイエスに加入しようかというところまでいきましたが実現はせず、ソロ奏者として成功を収めてきました。「炎のランナー」「南極物語」といった彼がサントラを手がけた映画が大ヒットしたので、みなさんもどこかで耳にしたことがあるはずです。

私が彼のアルバムをよく聞いていたのは80年代でしたが、イエスに代表されるプログレッシブ・ロックが好きだったことのほかにこの映画の影響が大きかったと思います。

ブレードランナーブレードランナー
(2007/02/21)
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原作はフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」―"Do androids dream of electric sheep?"という摩訶不思議なタイトルの近未来SF小説です。ハリソン・フォード、ルドガー・ハウアー、ダリル・ハンナ、ショーン・ヤングといった俳優を配し、リドリー・スコットが監督。1982年に公開されました。陰影の濃い映像と、寂寥感あふれる演出、そして謎を含んで余韻を残すエンディングといった、凡百のアメリカのSF映画とは一線を画した内容がカルトな人気を呼び、今だに語り継がれる傑作です。そして、そんなSFフィルム・ノワールに絶妙にフィットしたのがヴァンゲリスの音楽でした。

     
アメリカやカナダに留学する人を対象としたTOEFLという英語力検定試験があります。このテストで一定の点数が取れないと、大学での授業を理解するのに十分な英語力がないとみなされ、入学が許されません。試験ではリスニング、グラマー、リーディング、ライティング、スピーキングの能力が測られます。TOEICがビジネスマンを対象とした試験である一方、TOEFLはよりアカデミックな英語力を問われるため、リーディングの内容や、単語などが難解になる傾向があります。このTOEFLを主催するETSが毎年国別の受験者の平均点を公表するのですが、2006年のデータでは、日本は120満点中65点で、アジア29カ国中でとうとう最下位となってしまいました。韓国の72点にはもちろん及ばず、カンボジアの71点、北朝鮮の69点やモンゴルの66点よりも下というわけです。アフリカ諸国でも日本より低い国は数えるほどしかありません。

オランダ    102
デンマーク    101
シンガポール 100
イギリス 97
ドイツ 96
アメリカ 85
世界平均 79
中国 76
韓国 72
カンボジア 71
イタリア 71
北朝鮮 69
モンゴル    66
日本   65
サウジアラビア 59
カタール 54

ランキング詳細はこちら

ここから何が読み取れるのか、私なりに考えて見ました。
     
昔初めてアメリカに行った時、道を横断しようとして車が通り過ぎるのを待っていたら、その車が私の手前で停まって渡らせてくれたことがありました。日本では体験したことのなかった出来事で、歩行者への思いやりある運転マナーにいたく感激したものです。一種のカルチャーショックでした。

その後様々な国で車を運転したり、歩行者として町を歩いたりして、運転マナーには国ごとに特徴があることを知りました。それを簡単なマトリクスにしてみました。私の主観ですが、こんな感じです。
     
こちらはもう仕事が始まりましたが、もう少しだけギリシャ編を続けます。

サントリーニ島は夕日が美しいことで知られていますが、その中で夕景ポイントとして有名なのはイア(Oia)という町です。フィラ(Fira) からバスで約20分。三日月形の北西の先端に位置します。

英語ですばらしい景色を表現するのに、Picturesque (絵のような)という単語がありますが、それはそのままこの町に当てはまるとおもいます。一方、フィラから見るエーゲ海と火山島の景色はSpectacular(目を見張るような)か、breathtaking(息を呑むような)でしょうか。

イアには、フィラに比べればかなりなだらかな崖に面した斜面に、迷路のように入り組んで白やピンク、薄い黄色の壁の家々が立ち並びます。お店が多く、にぎやかで若い雰囲気のフィラに比べ、こちらのほうが個人の家が多いせいか、落ち着きと伝統を感じさせます。フィラからも夕陽は見えるのに、イアの方が有名なのは、こちらの方が町の景色も含めてトータルで絵になるからでしょう。まさにPicturesque。CMや絵葉書で見たことのある風景にあちらこちらででくわします。

イアの教会 サントリーニ島の北西部にあるイアの街並み


二時間おきにしかないバスの時間の都合上(夏は一時間おき)、イアには二時間だけの滞在でしたが、小さい町ですからそれでもゆっくりと見て回ることができました。なお、そのほとんどの時間を人懐っこい犬に付きまとわれて過ごしたのはご愛嬌。とにかく犬と猫が多いのがこの島の特徴の一つです。

ここからの夕日は世界三大夕日に数えられるとか。他はどこだろうと調べてみましたが、釧路、バリ島、そしてマニラ(サントリーニ)なんですね。でも、これは日本の誰かが勝手に決めたもののようで、英語で調べても出てきませんでした。ヨーロッパ三大夕日だと、サントリーニ島のイア、イビザ島のCafé Der Mar、そしてポルトガルのロカ岬といったところが有名どころでしょうか。もちろん、他にもいくらでも勝手に作れそうですが。

なお、今回のイアはわずかな観光客だけでとても静かでしたが、夏には夕日を見るためにこんなことになっているようです。

"Tourists at Oia watching to see the sunset"
     
ギリシャ旅行の後半はアテネからエーゲ海のサントリーニ島(正式名Thira:ティラ)に移りました。

アテネからオリンピック航空のプロペラ機で45分のフライト。空港から15分ほどのドライブで中心市街フィラへ。私たちの宿はそこから少し北の西側斜面にあるMillhouses studio & suites でした。普段一万人が暮らすこの島は夏には三万人以上に膨れ上がるそうですが、冬はオフシーズンなので、8割がたのホテルが4月くらいまで休業。数少ないチョイスからよさそうなものをネットで予約しました。料金は夏の半額。場所はフィラの中心から徒歩で10分程度離れていますが、静かな環境と眺望は抜群。部屋は斜面に掘られた洞窟といった趣きで、白壁一色の美しいホテルでした。ロフトとキッチン、リビング・ダイニングもついており、我が家も夕食は自炊。
ホテルからエーゲ海を臨む   ホテルのバルコニーから

サントリーニは火山島です。火山の噴火がカルデラを形成、さらに別の噴火が土地を隆起させ、中心部に火山、そしてそれを囲むように三日月型の島が出来上がり、そこに人が住んでいます。こうしたカルデラの島というのは世界でもここと中国の二つしかなく、人が住んでいるのはサントリーニだけだと、現地のガイドブックには書いてありました。絵葉書やカレンダーで有名な風景は、すべてこのカルデラを望む斜面からのものです。斜面といっても実際には断崖ともいうべきもので、断崖の上に街が形成されています。転落事故を防ぐため、ホテルの多くは小さな子供の宿泊を禁じているほどです。

NASAの写真。三日月形の島がサントリーニ島


旅行前にいくつかサイトやブログをチェックしたところ、冬のエーゲ海は曇りか雨ばかりで海は灰色。紺碧のイメージとはかけ離れているという情報があったので、事前に天気予報でこの島の天気を調べたら、どれを見ても曇りか雨マークでした。サイトによっては雷雨との予報。移動当日のアテネも小雨模様だったので、やっぱりだめなのかと期待していませんでしたが、着いてみると天気は快晴。現地の人もここ数日は降っていないと言います。ネットの天気予報もけっこういい加減なものです。どのサイトも予報がまちまちでした。昼間の気温は20度近くで、半そでで歩いても大丈夫なほどの陽気。というわけで、サントリーニの白く輝く家並みとブルーのエーゲ海の鮮やかなコントラスト、そして世界で最も美しいといわれる夕日を堪能することができました。

サントリーニ島の夕日 サントリーニの夕焼け


冬のエーゲ海はお勧めしないという話もききますが、観光客が極端に少ないため、宿泊費が通常の半額だということ、そして街がとても静かなので、のんびり静かに過ごしたい人には悪くないと思います。ただ、レストランやお店、ホテルの多くも休業しているため、にぎやかなリゾート気分を味わいたいという人には不向きでしょう。私たちの場合、小さな子供がいますので、のんびり静かにきれいな景色の中を散歩して、食事も誰にも気を使わず自炊で済ますというスタイルは快適でした。下にフィラの街で撮影した写真が数枚続きます。
     
今回アテネに滞在して、旅行者にとって参考になりそうだと思ったことをまとめてみました。私の場合、子供を連れていますので、それが前提になっています。大人だけの場合、ツアーの場合などには必ずしも当てはまらないと思いますが。

どのエリアに泊まるか
見所はシンタグマ広場を中心とした半径1,2キロに集中しているので、宿はシンタグマ周辺か、アクロポリスとシンタグマの間に位置するプラカ地区に取るべきでしょう。そうすれば基本的に徒歩と地下鉄で行動できます。私はそれを知らずに北にあるオモニア広場から徒歩数分のところに泊まりましたが、周辺はあまり柄のよいところではなく、夜間は外歩きもはばかるようなところでした。見所はありませんし、周辺にはレストランもないので、徒歩でふらっと何か食べにでるということができません。結果、子供づれの我々はタクシーを多用する羽目になりました。

アクロポリスで見かけたアパート(大理石でできている)


季節
アテネでは真夏は気温40度を超えます。乾燥も激しく今年は山火事で大変でした。私は夏のアテネは知りませんが、交通量や人の多さを見る限り、夏の観光は炎熱、砂塵、排気ガス(渋滞と騒音がひどい)にまみれてかなり体力を消耗するであろうことは想像に難くありません。炎天下、アクロポリスの丘などを徒歩で上り下りするのも拷問に近いのでは。というわけで、子供づれや老齢の方には夏の観光はお勧めしません。ただ、冬は天気が悪いので、春か秋がベストシーズンではないでしょうか。
街の中心、シンタグマ広場



アクロポリスの丘の足場は大理石なので結構滑りますし、遺跡周辺はまるで石切り場の岩場のようになっているので、靴は歩きやすいものがいいでしょう。街中でもでこぼこが多く、歩きやすくはありません。
パルテノン神殿~後ろ側から

タクシー
タクシーは当たる運転手によって値段がかなり違います。一応メーターは付いていますが、それに上乗せして荷物代とか、クリスマスボーナスとか、理由をいろいろつけて吹っかけてきます。私の場合、空港から市街中心まで行きは40ユーロ、帰りは25ユーロでした。行きはクリスマスの夕方ということで、かなり上乗せされました。帰りが普通の料金でしょう。


南欧の国の例にもれず、運転は乱暴、ちょっと前をふさがれるとクラクションを鳴らしまくり、渋滞の中をノーヘルのバイクが縦横無尽に走り、歩行者は信号などまったく守らない、といった具合で、パリやミラノ以上のワイルドさ。私ならアテネでは運転したくありません。なお地下鉄は清潔で新しいので、安全ですし、お勧めできます。

地下鉄アクロポリス駅


     
明けましておめでとうございます。いつも私のブログをご覧になってくださり、ありがとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

サントリーニ島の夕陽


ドイツの自宅で新年を迎えています。深夜12時が近づく頃から近所の人がみんなワイングラスを片手に表に繰り出し、盛大に花火を打ち上げます。右を見ても左を見ても、上を見上げても花火、花火。この日だけは近所中の子供たちも起きていて、花火を見て楽しんでいます。とてもにぎやかで、そんな状態が30分以上も続きます。TVをつければベルリンでのダンスミュージックのコンサート。かつてイギリスでも新年を迎えたことがありますが、これと似たような感じでした。「日本ではクリスマスがカップルのためのもので、正月が家族や親族と過ごす時間だ」とドイツ人に話したら、それはドイツではちょうど逆だと言われました。ヨーロッパの新年はお祝いのパーティ。静かに除夜の鐘に耳を澄ます日本の大晦日、お正月とは対照的です。私のヨーロッパでの生活も先が見えてきたように思う今日この頃。次の大晦日はどこで迎えるのだろうかと考えながら、新年を迎えています。
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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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