Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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アテネの二日目は午前中小雨が降るあいにくの天気でしたが、昼前には雨も小止みになり、私たちはアテネのへそとでも言うべき中心部シンタグマ広場から地下鉄で一駅のアクロポリスまで出向きました。徒歩でもプラカ地区(みやげ物屋やレストランなどが並ぶエリア)を抜けて15分程度で丘のふもとまでたどり着けます。アテネには市街を囲むように七つの丘がありますが、アクロポリスはその中の一つ。ご存知パルテノン神殿を擁するアテネで最も有名な丘です。ちなみにアクロポリスはこちらでは「アクロポリ」と「ス」を抜いて発音していました。
古代アゴラ側からアクロポリスの丘を臨む


パルテノン神殿にはヘロデス・アティコス音楽堂、ディオニソス野外劇場、エレクティオン神殿などが隣接しており、これら遺跡群が旧跡としてのアクロポリスの丘を形成しています。古代建築や考古学に明るくない私には、古代ローマやギリシャの遺跡は古すぎてそのすばらしさは正直わかりにくかったのですが、間近で見るパルテノン神殿は、想像以上に巨大かつ壮大で、よくも2500年も前にこんなものをこんな高い丘の上に作ったものだと感嘆しました。素材の多くには大理石が使われており、建てられた当時の絢爛豪華さはいかばかりかと想像できます。この神殿は17世紀のトルコ軍の占領下にはなんと弾薬庫として使用されており、1687年にヴェネチア軍の攻撃を受けて大爆発、なんといっても弾薬庫ですから神殿はほとんど吹き飛ばされたといいます。今我々が見ているのは19世紀以降に修復されたものとのこと。なんとももったいない話です。

パルテノン神殿 ヘロデス・アティコス音楽堂

神殿や遺跡も見ものですが、それ同等か以上に目を奪われるのが、丘から見下ろすアテネ市街地の景色です。見渡す限り白壁の四角い家が所狭しとひしめき合う中に、市内各所に丘が突き出しており、エーゲ海も見ることができます。神殿をバックに360度のパノラマが広がる様はなかなか見ごたえがあります。
アクロポリスの丘から古代アゴラを臨む アクロポリスの丘からゼウス神殿を臨む


午後にはシンタグマ広場まで戻り、そこからアクロポリスの丘と逆方向に歩いてコロニキ広場に出ました。このエリアは高級ブランドが並ぶショッピングストリートとなります。このエリアはリカビトスの丘へのゆるやかな上り坂になっており、神戸の北野坂に雰囲気がよく似ています。日本では見かけないようなブランドもいくつもあるので、ショッピングが好きな人は一見の価値ありでしょう。
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今週はクリスマスの休暇を利用してギリシャに来ています。冬のギリシャに来て何をするんだという意見もありましたが、(たぶん)残り少ないヨーロッパでの生活、ヨーロッパ文明の原点であるギリシャを見ずして帰るのも惜しまれたので、来ることにしました。現地の気温は最高で15度前後、最低が5度くらい。朝は氷点下5度くらいまで下がるドイツよりも10度くらいは暖かいでしょうか。ただ、天気はヨーロッパの冬らしく、どんより曇っています。この季節は雨が多いようで、太陽が燦燦と降り注ぐエーゲ海の陽気は期待できそうにありません。おかげで宿はどこも格安なのが救いですが。デュッセルドルフからアテネまでオリンピック航空の直行便が出ています。いざ飛んでから気づいたのですが、ギリシャ北部の都市、テッサロニキで一度着陸して人を降ろし、30分ほど駐機してからアテネに再度飛び立つというものでした。

さて、アテネの街ですが、周辺を含む人口約400万人と、ヨーロッパではローマと並ぶ大きさ。フランクフルトよりも規模が大きいようです。

Largest European Metropolitan Areas (Wikipedia)
(ちなみに最大はロンドンでもパリでもなくモスクワ。)

まだクリスマス気分が残る街には人と車があふれ、その騒々しさは人口密度の高さを感じさせます。空港やその周辺の高速道路、そしてトラム、地下鉄といったインフラは2004年のオリンピックでかなり整備されたと見えて、パリなどと違って明るくて安全な感じがしました。観光客から「ぼる」ことで悪評高かったタクシーもかなりましになっている様子。

初日を終えた印象などは以下に。
     
クリスマスイブにやってくるサンタクロース。欧米のキリスト教圏であればどこの国でも同じ日に同じように祝うのかと思っていたが、そうでもないらしい。

サンタクロースは、ローマの聖人、聖ニコラウスが起源とされる。貧しい家の子供を助けるためにその家の煙突から金貨を落としたという伝説があるそうだ。オランダの場合12月6日をこの聖ニコラウスの命日として祝う習慣が昔からあり、「シンタクラース」の日として家族でプレゼントの交換をすることが慣習で、クリスマスよりも大事なイベントとして祝う。

クリスマスが大きなイベントのドイツでも、この聖ニコラウスを12月6日に祝う習慣は残っており、子供はこの日に扉の外にソックスをぶらさげておくと、夜中のうちにその中にお菓子が入っているという風習がある。ドイツではこの聖ニコラウスのアシスタントとして、「クネヒト・ループレヒト(Knecht Ruprecht)」なる黒装束の男がついてきて、悪い子にはお菓子の代わりに枯れ枝を入れるとか、むちで打つとか、袋に入れて連れ去るといった伝承がある。日本では、これが「ブラック・サンタ」として伝わり、悪い子には「血だらけの動物の内臓」が与えられると、かなりグロテスクだが、本家ドイツではそこまで過激な話ではないようだ。
ブラック・サンタの原型~子供が袋に入れられているSt. Nilkaus とKnecht Ruprecht


イタリアでは1月7日の夜に子供のベッドにソックスを下げておくと、魔女が良い子のソックスにはお菓子を、悪い子のソックスには木炭を入れていくという伝説があり、親は木炭のように見える黒いお菓子を入れるとは、イタリア人に聞いた話。これは上のドイツの話によく似ている。

いずれにしても、アメリカ発の陽気で平和なサンタとは違い、ヨーロッパのサンタは、その伝統から来る昏さを秘めているようだ。

なお、イギリスでは”Black Santa”といえば、毎年12月に黒装束で街頭に立ち募金をするベルファストの教会のDeanのことを指すようだ。これまで三百万ポンドを集めたというベルファストのBlack SantaについてのBBCのニュースはこちら


本物のブラック・サンタ
     
クリスマスパーティが各地で開かれている今週、私の課でも忘年会というか、課のメンバーでレストランで食事をしました。イタリア人、イギリス人、ドイツ人、ポルトガル人、日本人が入り混じったインターナショナルなメンバーですが、みんなの希望は日本料理でした。というわけで、私が自ら幹事となり、デュッセルドルフでは知る人ぞ知る、日本料理をベースにしたモダンな創作料理を売り物にしたレストランを選びました。

レストランNagayaの料理


http://www.nagaya.de/

昨今日本では創作料理が人気のようですが、海外で日本食の創作料理を食べられるところはめったにありません。デュッセルドルフには十数軒は日本料理のレストランがありますが、そのほとんどが寿司、刺身、鉄板焼き、定食、ラーメンといった、いわゆる伝統的な日本食です。これはロンドンやパリでも同様で、私の知っている店はすべていわゆる普通の日本料理を売り物にしていました(ロンドンの日本料理レストランは200軒とも300軒とも言われますので、私の知っているのはその一割もないでしょうが。)。こちらに住んでいる日本人はいわゆる普通の日本食を食べにいくことが多いためか、このNagayaさんの場合、客のほとんどは外国人で、日本人はあまり見られなかったのが他の日本料理レストランとは対照的です。

さて、みんなの反応はどうだったか、下に続きます。
     
先日こんな記事を目にしました。

英国人の10%はトイレの後に手を洗わず=調査

「英国の医薬品会社ミルトンが行った調査では、同国では人口の約10%に当たる600万人がトイレの後に手を洗っていないことが分かった。また、1カ月に1回しか下着を替えない人は50万人以上であることも明らかになった。英国では3分の1以上の人が体を毎日洗っておらず、床に落ちたものを拾って食べる人の割合は全体の27%だった。一方、ロンドン居住者やスコットランド人は68%が毎日入浴すると回答。ただロンドンは、1カ月に1回しか入浴しない人の比率が最も高い場所でもある。」



清潔志向の強い日本人にはなかなかショッキングなデータですが、私はこれを読んだとき、調査を行ったのが衛生用品会社だということで、まずは記事の公平性を疑いました。たとえば、「一ヶ月に一回しか風呂に入らない人が多いって言ってるけど、でも、実はシャワーは浴びているのではないか?」とか、そういったことです。人の興味を引くような調査結果を発表して、「みなさんもっと清潔にしましょう、ついてはわが社の商品をよろしく」というメッセージを埋め込むという、マーケティングの世界ではよくある古典的なPR手法ですので、100%文字通り信じるわけには行きません。ですから、念のため、英文記事も読んでみました。

New survey reveals Brits’ dirty little habits (Britsはイギリス人という意味を表すスラング)

これによれば私が疑ったようなことはなくて、一ヶ月風呂にもシャワーにも入らない人が1%いるそうで、その比率はロンドンが最も高いとか。「イギリス人はきれい好きが過ぎてしばしば非難される」と記事にはありますが、意外と不潔な人も多いということです。

Britain’s are often accused of being over the top in our attitudes to cleanliness but as these results show, for some people the opposite is true.

Over the top が「行き過ぎ」という表現で、the opposite is trueは「その逆が当てはまる」といった感じでしょうか。

今年の夏に日本に帰ったとき、公衆トイレで手を洗わない人が多いことが気になってブログに書いたことがありましたが、果たして日本人とイギリス人、どちらがより不潔なのでしょうか。
     
毎年この時期はクリスマスアルバムが無数に出されますが、印象に残るものは意外に少ないものです。私が気に入っているクリスマスアルバムは何枚かありますが、その中で最も洗練されておしゃれなのはこのフォープレイの「スノーバウンド」です。

SnowboundSnowbound
(1999/10/19)
Fourplay

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フォープレイといえば、リー・リトナー(g)、ボブ・ジェームス(key)、ハーヴィー・メイスン(dr)、ネイサン・イースト(b, vo)という、LAとNYそれぞれのフュージョン界の大物が集まって91年にデビューしたバンドで、当時はその洗練されたクオリティの高いスムース・ジャズ・サウンドが話題になりました。私は新社会人になったばかりの頃、夢中になって以来のファンです。三枚のアルバムを出してから、ギタリストがリー・リトナー(後に杏里と婚約)から、ラリー・カールトンに替わり、ギターの音はそれまでのLAフージョン色が消え、ブルース色が強くなりましたが、以来、これまでコンスタントに発表してきたアルバムは10枚に達します。(個人的にはリー・リトナー時代の音のほうが好みですが。)

このクリスマスアルバムは99年に発表されたもので、誰でも知っているクリスマスのスタンダード・ナンバーに加え、スティーリー・ダンのドナルド・フェイゲンの「スノーバウンド」をスムース・ジャズ風にアレンジするなど、彼ら一流の肩の力の抜けたリラックスした演奏で聴かせてくれます。

各作品で、必ず一曲はR&B界の大物シンガーを呼び、名曲を歌わせるという彼らのスタイルはこのアルバムでも踏襲されており、ここではエリック・ベネイが「クリスマス・ソング」をソウルフルに謳い上げます。
     
ロイターでこんな記事が配信されていました。

~サウジアラビア、女性の運転禁止でもメーカーのターゲットは女性~

「厳格なイスラム法を実践するサウジアラビアは世界で唯一、女性が車を運転することを禁じている。自動車メーカーの幹部は、今週当地で開催されたモーターショーで、もし女性の運転が解禁されれば自動車販売における起爆剤となるだろうなどと語った。」


いまどき、女性の車の運転を禁止している国があることがそもそも驚きですが、これで思い出したのが私のアメリカ時代の友人のヨルダン国籍の女性。彼女のお父さんはヨルダン人の大学教授で、お母さんがオーストリア人でした。このお母さんは、数十年前、ヨルダンで初めて車を運転した女性だったそうです。当時は大変珍しがられたとか。(そもそも金髪碧眼の女性が珍しかったと思いますが。)

そのときは半信半疑で聞いていたのですが、上の記事を読めば、イスラム圏で女性が運転できるようになったのは、なるほど、最近のことだったのだろうと分かります。

一方、その友人の女性ですが、とある世界的なヨーロッパ企業で中東湾岸諸国 (Gulf Countries) のマーケティングを担当しており、サウジアラビアも担当地域の一つです。二年前にロンドンに遊びに来た彼女に再会したとき、サウジアラビア政府がようやく入国条件を緩和して、女性が一人でも入国できるようになったので、出張に行くのだと言っていました。つまり二年前までは女性は同伴者がいなければ入国を許されなかったということです。自由な国で暮らしている私たちには別世界で、なかなかすぐには信じがたいことですが、世界にはそういう国もまだあるのだなと、上の記事で改めて思い知ったわけです。

母親がかつてヨルダンで古い慣習を打ち破ったように、彼女は単身サウジに乗り込んでバリバリ仕事をこなして、周囲を驚かしているのでしょう。彼女は現在、中東で最も自由なエリアと言える、アラブ首長国連邦の首長国の一つ、ドバイで暮らしています。
     
国名をそのままバンド名にしてしまうことがたまにあります。デビッド・シルヴィアン率いるイギリスのバンドJAPANは日本でも有名ですし、AMERICAというバンドもありました。EUROPEという北欧のバンドも一世を風靡しました。そしてあまり知られていませんが、かつてU.K.というバンドがありました。

後期キング・クリムゾンの主要メンバーだったジョン・ウェットン(vo., b.) とビル・ブラッドフォード (dr.) の二人に、ロキシー・ミュージックにいたエディ・ジョブソン (key., violin) とソフト・マシーンに在籍したアラン・ホールズワース (g.)が加わった4人が1978年に結成したバンドで全員がイギリス人です。メンバーの来歴からプログレッシブ・ロックとして分類されますが、音楽的にはクロスオーバーとでもいうべきもので、ビルの変拍子を多用した複雑なリズムに、アランの流麗なギターとエディのムーグ・シンセサイザーとエレクトリック・バイオリンが絡む様は、ジャズ・フュージョン的な色合いが強く(一枚目)、メンバー各自の卓越した演奏技術も印象に残ります。

個性の強いメンバーが集まったせいもあってか、最初のアルバム”U.K.”(邦題「憂国の四士」)を出しただけでビルとアランが脱退(これでジャズ・フュージョン色が後退)。フランク・ザッパ・バンドにいたドラマー、テリー・ボジオを引っ張ってきて、セカンド・アルバム”Danger Money”を発表しましたが、その後はライブ盤を一枚出しただけで解散してしまいました。

U.K.(紙ジャケット仕様)U.K.(紙ジャケット仕様)
(2006/05/24)
U.K.

商品詳細を見る


一枚目のアルバムのB面に収録されていた”Nevermore”では、ロンドンの歓楽街ソーホーの煌きが歌われます。アランの美しくも超絶技巧のアコースティックギターのソロに始まり、浮遊感漂うキーボードをバックに独特の深みと哀愁を帯びたジョンのボーカルが歌う様は、夏の夜のにぎわいを終えて夜明けを前に静まり返るソーホーを美しく表現しています。中間部でのアランのギターソロとエディのキーボードソロの応酬は見事なもので、今聴いても鳥肌が立つほどの感動を覚えます。バックのドラムスとベースのタイム感もすばらしい。

二枚目のアルバムの”Rendezvous 6:02"は、しのつく雨の降るロンドンが舞台。季節はおそらく晩秋。金曜の夕刻、パークレーンをドライブしてテムズ川を越えてウォータールー駅に向かった彼はそこでかつて見知った顔を見かけたような気がします。濡れるような美しさのエレピのサウンドが印象的な、哀感漂うナンバーとなっています。

このバンドの評価は賛否が分かれるようですが、こうしたいくつかの曲が放つ輝きと美しさは、私をティーンエイジャーのころから惹きつけてやみません。邦題では”U.K.”=「憂国」とすこししゃれて訳されていますが、マーガレット・サッチャーが政権につく直前、経済がどん底にあえいで社会への不満が充満していた当時のイギリスの空気と、彼らの放つ憂いを帯びたサウンドをあわせて表現したのではと思われます。

1979年、U.K.を解散したジョン・ウェットンは元イエスとEL&Pのメンバーとともに"ASIA"を結成し、今度は全米でヒットを連発することになります。U.K.はそんなロックの歴史の過渡期の一瞬のきらめきだったのかも知れません。
     
車が車上荒らしにあいました。朝、車で子供を送ろうとしたら、リアウィンドウが叩き割られていました。盗まれたものがなかったので、最初は人種差別がらみのいやがらせかもと思いましたが、警察に聞くと、この週末に似たような被害報告が他にもいくつかあったということで、そうではないようです。警察に通報するなんて初めての経験です。(ドイツでは警察は110で日本と同じだが、消防・救急は112。)

こと、車上荒らしや車の盗難に関しては、日本とこちらの警戒心の差は歴然としています。日本では、車の中にものを置きっぱなしにして車を離れるなんてことはちょくちょくあったと記憶しています。何しろ、車内に赤ん坊を置きっぱなしにしてしまう国ですから、かばんくらいどうってことはない。ロックしていればなおのこと。しかし、それは日本だけの話です。欧米、特にロンドンなどの都会では車内に物を置いたまま車を離れるなどというのはもってのほか。ロックなどしていても、窓ガラスを叩き割られて持っていかれるので、外から見えるところには何も置かないのが常識です。夜間はカーオーディオやカーナビさえ取り外して家に持ち帰るといったことも珍しくありません。

日本人は金目の物を車内によく置いているので、デュッセルドルフでは日本人の所有する車が窃盗団に狙われやすいとか。こうした窃盗やすりの犯罪に対する自衛という意味では、日本人はまだまだ国際感覚に乏しいようです。
     
EMEA という略語があります。これはEurope, Middle East(中近東), Africaの頭文字をとったもので、日本ではあまりなじみがない表現ですが、アメリカやヨーロッパではちょくちょく目にします。なぜなら、多くの国際企業がこのEMEAを一つの広い地域のくくりとしてビジネスを展開しているからです(ちなみに日本を含む太平洋周辺地域、極東はAPACと呼びます。Asia Pacificの略です)。

私は現在このEMEAを担当地域としているわけですが、ヨーロッパで商売する場合、国ごとの文化や民族、法規制、インフラなどの違いを頭に入れずして成功はおぼつきません(ヨーロッパだけで30カ国、アフリカ、中近東も含めれば100に届くでしょう)。たとえば、先日こんなことがありました。

旧ユーゴスラビア地域は近年ヨーロッパでは成長著しい地域ですが、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアでビジネスを展開しようと販売代理店を採用したものの、うまく行きません。よくよくエリア担当営業に話を聞いてみると、セルビア人の経営する販売代理店がボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチアも担当しているとのこと。民族紛争のしこりがまだ色濃く残っており、うまくいくはずがないわけです。

バルト三国の場合、リトアニア、ラトビアはロシア人に担当させる一方、一番北になるエストニアはロシア人への拒絶反応が特に強く、民族的、言語的にフィンランドに近いので、フィンランドからビジネスを広げるといった方法を取っています。

スペインの場合であれば、首都マドリードと南部のバルセロナは反目がありますし、バスク地方であればこれはもうテロが起こるほど過激に反発します。ベルギーのオランダ語(フラマン語)圏とフランス語(ワロン語)圏の争いもよく知られるところです。スイスであればドイツ語とフランス語の商圏はかなり明確に分かれており、両方の言語ができる人を置かなければビジネスは半減します。北アフリカのマグレブといわれる国々(モロッコ、アルジェリア、チュニジア)は歴史的にフランスとつながりが強いので、フランス経由でビジネスを展開するのもよくあるパターンです。
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Author:TI
日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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