Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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ドイツ人やイギリス人から、「日本人は中国語は理解できるの?」と訊かれることが時々ある。外見が似ているから言葉も似ていると思っているようだ。外見は似ているのに隣国の言葉が話せない自分たちのことを棚にあげているが、白人を「欧米人」として一くくりにして全員英語を話すと思っている日本人も多いから人のことは言えない。

アメリカ留学時代、中国人留学生の友人たちと話をするときは、英語を使っていたのだが、時々困るのが中国人の人名や地名の発音が英語で思いつかないことだった。「北京」「上海」「小平」「毛沢東」は英語で言えても、「重慶」、「成都」だとか「孫文」「蒋介石」を英語でどう発音するのか、これは普通の日本人は覚えていないのではないだろうか。「じゅうけい」と日本語で発音しても「?」となる。というわけで、こうした場合便利なのは漢字を書いて見せることで、そうすると必ず通じる。

以前「言語間の距離」という考え方があることを紹介したことがある。日本語と中国語は発音こそ異なるものの、共通の文字である漢字を書くことで意思の疎通が図れるので、距離が比較的近いということになる。同じようなことは当然欧州の言語にもあって、ABCのアルファベットは西欧を中心に幅広く使われているし、同じつづりの単語が複数の言語にまたがって使われていることは多い。ドイツ語はオランダ語と近いので、ドイツ語の分かる人がオランダ語を読めばなんとなく大意はつかめるし、スウェーデン人はデンマーク語を読んで意味を理解することができる。ただし発音が違うので話をしても通じない。このあたりは中国語と日本語の関係に似ている。

私の隣にいるドイツ人女性は、学校でラテン語を学んだそうで、そうするとラテン語に距離が近いイタリア語、フランス語、スペイン語、ギリシャ語の文章の理解力がとても高まるそうだ。以前イギリス人の同僚も同じことを言っていた。ヨーロッパでは古典言語であるラテン語を勉強することが一つの教養なのだ。これは、日本人が高校の授業で「漢文」を習うことに相当するのだろう。

ちなみにこのラテン語、バチカンでは今でも公用語としてミサなどで使われている。そういえば、カトリック系の学校に通っていた頃、ラテン語の賛美歌を意味も分からず歌わされていたことを思い出したが、独特の滑らかな語感をもつ言語だったと記憶している。

以下、日本人にはなじみの薄いラテン語が聞ける音楽アルバムをご紹介する。
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ドイツで生まれた息子がもう三歳になり、幼稚園に入れる年齢となったのだが、どの幼稚園に入れるかで迷っていた。日本人の多いデュッセルドルフには日本人幼稚園もいくつかあるのだが、我々の住むエリアからは遠く、毎日通うのは大変である。英国系や米国系といった英語による幼稚園もいくつかあるのだが、こちらはとても高価。ドイツの地元の幼稚園に入れるという手もあるが、当然すべてドイツ語。先生や他の子供や親とのコミュニケーション、幼稚園からの連絡文書の翻訳など、片言のドイツ語しかできない我々にはハードルは低くない。

それにそもそも、子供にどの言語で教育を施すべきかという問題がある。単純に通いやすいからとドイツの幼稚園に入れてドイツ語環境で育ったとして、その後どうすべきか。小学校までドイツ語で育てるつもりはない。娘はイギリス時代に現地の学校に通っていたため、今もその流れで英国系小学校に通っているが、息子は特に英語環境になじんでいるわけではないので、年間100万円もかけて英語の幼稚園に入れる価値はないように思える。やはり日本語で初等教育を受けさせるのが妥当なのかも思うが、遠いところを苦労して日本人幼稚園に通わせて、そもそも日本に帰るのはいつになるのか分からない。

というわけで、ここしばらく悩んでいたのだが、将来どこに住むのかが不透明な私たち。娘と息子のばらばらな送り迎えが妻に大きな負担になるが、どう転んでも必要な日本語ということと、先生とのコミュニケーションの楽さを考えて日本人幼稚園に入れることに決めた。
     
イギリスから国外に出入りするときは当然パスポートが必要だが、ドイツの場合は出入国の国によってはパスポートチェックがない場合がある。フランス、オランダ、ベルギー、イタリアといったEU加盟国がそうだ。ただ、EU加盟国=不要というわけではなく、たとえばドイツからイギリスやポーランドに出入国する場合は必要になる。これは同じEU加盟国であっても相互の国が出入国を自由化する協定に署名しているかどうかの違いである。

出入国が自由化されている国の場合、パスポートコントロールがないので、我々外国人であってもまったくパスポートをチェックされないことになる。たとえば車や電車でオランダやベルギーに出入りするのであればパスポートをチェックされることはほとんどない。国内旅行感覚だ。先日ある日本人がパスポートを持たずにドイツからイタリアに行ってしまったのだが、何も問題なく行って帰ってこれたということがあった。(しかも飛行機である。たとえ入国審査はなくとも、普通飛行機搭乗時に身元チェックがあるので普通は不可能。これは例外。)

では出入りが自由化された国ではまったくチェックされないのかというとそうでもなく、たとえば先日電車(ICE)でオランダに行ったときには国境の町でオランダの入国管理官が電車に乗り込んできて、一人一人のパスポートをチェックしたことがあったし、車であってもたまに国境に係官が張り込んでいることがあり、ナンバープレートによっては止められてパスポートチェックされることがある。

こういうときパスポートを持っていないとどうなるかというと、不法に入国を企てた不審者として警察に連行され、指紋と写真を取られた上で、国境の向こう側に強制的に戻されることになる。私もオランダやベルギーにショッピングなどで出かけるときは国内感覚でついついパスポートを忘れて出かけたりするのだが、我々はあくまでEUにとっては外国人なので本来ご法度。注意が必要である。
     
今日はドイツやフランス、北欧などのヨーロッパの主なキリスト教国ではキリスト昇天祭という祝日である。一方、イギリスやスペイン、ロシアなどは関係なく通常通りである。

一昨日、ヨーロッパ各国の事務所から人が集まって会議が行われたのだが、その夜みんなで食事をしながら各国の祝日の話になった。日本では国民の祝日が15日あると話すとみんなに驚かれた。一般的にヨーロッパから見ると、日本は祝日が多い国である。イギリスは9日しかなく、ドイツでも11日だけである(ポルトガルは例外的に多くて16日もある)。日本はそれに加え、一般の会社ではお盆やゴールデンウィーク、年末年始など、祝日でなくともオフとなる日が結構あるので、これらを足すと年間の祝日は20日を超えるだろう。それ以外に有給休暇が与えられるので、土日を足すと年間150日をも休みにすることは不可能ではない。

そうしたことを話すと、一般的な働き蜂の日本のイメージとは異なり、なんと休みが多いすばらしい国だとみんな驚くのだが、実態はちょっと違って、有給休暇の取得率が日本は欧州各国と比べるとおそらく驚くほど少ないと思われる。私は日本に居るころ、有給休暇を使ったことは年間3日もあったかどうかだし、有給休暇を使い切るなどということは考えたこともなかった。こちらヨーロッパでは有給休暇は労働者の当然の権利とされるので、みんなフルに活用しようとするし、監督官庁の目も厳しいので、使い切らない人には会社から勧告が出されるのである。日本では各自の自主性に任せると誰も休もうとしないので、国が祝日を増やしているのではないかと思われる(みんな一緒に休めば怖くないというわけだ)。

私のような日本人駐在員は、日本時代の癖が抜けずに有給はあまり使わず、一方で国や会社の祝日は日本よりもはるかに少ないということで、年間で休む日数は日本にいるころよりも少なくなっていると思う。損な性分である。

世界の祝祭日:ジェトロのホームページ
     
今日はユーロビジョンソングコンテストの最終日の模様をTVで見ていた。年一回、欧州各国から選出されたアーティストがヨーロッパの頂点を競うコンテストで、10億人以上が視聴するという大掛かりな欧州歌合戦である。50年の歴史を持ち、過去にはアバやセリーヌ・ディオン(スイス代表として)などが優勝している。

参加国数はなんと42カ国。決勝戦は24カ国の代表で争われ、42カ国の一般視聴者がそれぞれトップ10を選んで投票、集計してトップアーティストが決まる仕組み。昨年はフィンランド代表の聖飢魔II風コスチュームのヘビメタバンドLordiが優勝、その後日本でも人気が出て、来日公演も果たしている。この番組が面白いのは、やはりその多様な国際性だ。普段なじみのない国からアーティストが次々と登場して演奏を披露。国の代表なので実力と華やかさと個性を兼ね備えてなかなかハイレベルである。

今年の会場はフィンランドのヘルシンキ。そこに各国代表アーティストが集まって演奏を披露し、最終投票がドイツ時間の夜11時(フィンランド時間で12時)に締め切られ、それから各国の投票結果が発表となる。各国のTV局とメイン会場が中継で結ばれて各国のキャスターが自国の投票結果を発表する形(自分の国には投票できない)で開票が進められる。42カ国もが順番に発表していくので、これが一時間もかかるのだが、様々な国の風景がバックに写るのでこれが退屈しない。アイスランドなどは深夜という時間なのに夕焼け空だし、ブルガリアのソフィアやマケドニアのスコピエ、グルジアのトビリシの夜景など、初めて見る国の風景も多い。

また、各国の投票結果には国民性や地域性が出るのも面白い。今年のイギリス代表はとても不人気だったのだが、そのイギリスが票を獲得したのはイギリスに関係が深いマルタとアイルランドの票だけだった。番組の進行はほとんど英語で行われるが、なぜかいつもフランスとベルギーだけは発表をフランス語で貫き通すのも興味深い。

というわけで、42カ国が投票を終えて見事優勝したのはセルビア代表のMarija Šerifović(マリア・セリフォビッチ)。二位がウクライナ、三位はロシアと、今年は東欧に票が集中した。私がいいなと思ったモルドバは10位に終わった。下位はフランス、イギリス、アイルランド。というわけで来年の開催地はセルビアとなる。

投票結果などはオフィシャルサイトに:http://www.eurovision.tv/

BBCWikipediaでも詳しく取り上げられている。

こちらは日本語のWikipedia
     
木曜から金曜にかけてアムステルダムに出張。

夜、オランダ人の数名に連れられて、アムステルダム郊外の湖沿いのレストランで食事。食事をしながら、鎖国時代の日本はオランダとだけは関係があったので、当時色んなものがオランダから紹介され、オランダ語を起源として日本語になった単語がいくつもあるのだという話になった。彼らオランダ人によれば「リュックサック」はオランダ語が元なのだそうだ。私はそれはドイツ語ではないかと言ったのだが、彼らはオランダ語だと言い張るのである。ドイツ語ではRücksackと書いてリュックザックと濁音で発音するので、確かにサックという発音そのものはオランダ語のほうが日本語に近いように聞こえる。

他にも、このホームページによれば、ビール(bier)、コップ(kop)、ゴム(gom)など、日常生活にすっかり浸透しているものや、ガラス(glas)やインキ(inkt)、ランドセル(ransel)のように、発音が日本語化したものも多いそうだ。

なお、浅学の私は杉田玄白の「解体新書」の元となった「ターヘル・アナトミア」はオランダ人が書いたものだと思い込んでいたのだが、これはドイツ人の書いた解剖書がオリジナルで、それのオランダ語訳が「ターヘル・アナトミア」だということらしい。
     
先月こんなニュースが配信された。

ベルギーの会社、オランダ語以外で会話したら解雇も

こちらはBBCの英語記事。もう少し詳しい。
Speak Dutch, says Belgian company

ベルギーのフランドル(英語でフランダース)地方にあるというこの会社、記事によれば、社員の7割がトルコ、ギリシャなどの外国人であり、派閥形成を防ぐためにオランダ語以外での会話を一切禁じたとのこと。

なぜベルギーでオランダ語なのと疑問に思う人もいるかもしれないので、少し背景を。

記事ではオランダ語となっているが、一般的にはフランドル地方で話される言語はフラマン語(Flemish)と呼ばれ、オランダ語の一方言として本国オランダのオランダ語と区別されている。

このフランドル地方は以前私のブログでも紹介したとおり、フランス語を公用語とするベルギーからの独立運動が盛んであり、とかくオランダ語(フラマン語)の保護には熱心なエリアとして知られる。このようなローカルな話題が国際ニュースとしてロイターやBBCから発信された裏には、このフランドルの独立問題がベルギーの抱える爆弾として結構センシティブだという事情があるからだろう。
     
この週末も雨は降らず。快晴で暑いほどの陽気。もう一ヶ月以上雨を見ていない。快適だがさすがにここまで降らないと心配になる。ただ月曜と火曜は雨模様ということで、農家は待ちかねただろう。

日曜の夕方は日が傾いてから家族で郊外にサイクリングに繰り出し(夜9時を過ぎても空はまだ薄明るい)、その足で自宅から程近いドイツ料理レストランでこの季節のドイツ名物である、「白アスパラ」(ドイツ語でSpargel シュパーゲル)のクリームスープと、茹でた白アスパラをいただいた。地上で育った緑のアスパラと違って、地中に埋められて伸びた白いアスパラは柔らかくほろ苦い風味。春から夏までの二ヶ月程度の季節限定食品なので、この時期はドイツ料理屋はどこもシュパーゲル一色である。

この季節、ドイツ中でシュパーゲルを掘り起こす作業が発生するのだが、期間限定の季節労働であり、人材確保に困った農家の多くはポーランドなどからの移民労働者を使って労働力を確保しているのが現実である。EUの東欧への拡大によってメリットが得られている一例。こんなドイツの典型的な伝統食品にもグローバル化の波が押し寄せているのである。
     
イギリスとドイツで車を運転して感じるのは運転マナーの違いである。ドイツ人の運転というのは基本的に相手に道を譲るということをしない。逆にイギリスではこちらが申し訳ないと思うくらい道を譲ってくれる。ちょっとすれ違いがしにくそうな狭い道にさしかかると、対向車はたいてい手前で止まってこちらにパッシングし、先に行けと譲ってくれるのだ。すれ違うときにはお互いにこりと微笑みかけるのがマナー。これは合流でもそうで、合流してくる車や右折待ちの車があればすっと止まって入れてやる。人が横断歩道にいてこちらが低速であればたとえこちらが優先でも止まって渡らせてあげる車が多い。これはおおむね歩行者でもそうで、前にドアがあれば先に開けて次の人が来るまで待ってあげたり、すれ違いしにくい狭いところであれば、対向する相手を先に行かせてあげる。こうしたマナーは老若男女を問わず、子供の頃からイギリス人は徹底されている。

ドイツの運転はそういう謙譲の精神で言えばイギリスには大きく劣る。自分が行けるんだったらとにかく先に行くし、相手が待っていてくれても合図の一つもしない人が多い。合流では本当に仕方ない場合以外なかなか入れてくれない。イギリス風に入れてやろうとこちらが止まったりすると相手は意外そうな顔をして躊躇して入ってこない。そしたら後ろから早く行けとクラクションが飛んでくる。アウトバーンの速度無制限エリアではみんな超高速で走るので、もたもた140-150km/h程度で追い越し車線を走っていると200km超の車に激しくあおられる。一時が万事こんな感じで、イギリスでの運転に慣れてからドイツに来ると、ドイツ人は運転マナーが悪くて愛想もなくて感じが悪い、となる。この辺りは日本人の運転もドイツ人に近いのではないか。

ただ、ドイツ人がドイツ人らしいなと感じるのは住宅街などでの速度遵守である。アウトバーンであれだけめちゃくちゃに飛ばすのに、住宅街の30km制限道路では前がすいていてもきちんと30kmで走る。基本的にルールには厳格なのである。逆にイギリス人の方がそのあたりはルーズで柔軟だ。また日本人も住宅街だからといって律儀に低速運転に徹したりしない。

こう見てみると、ドイツ人は決められたことはきちんと守るが、それ以上のことはしない一方、イギリス人はルールそのものよりもマナーが重要視されているようだ。日本人はそのどちらでもなく、残念ながら双方の悪いほうに似ているように見えるのだがどうだろうか。
     
本日気になったニュース。

ロシア、エストニアに圧力・石油製品、輸出停止も

一年半前、フィンランドを訪れたついでにエストニアの世界遺産都市タリンを訪問し、エストニア人のジャーナリストにタリンの町を案内してもらったことがあった。エストニアがデンマークやドイツなどの支配を経てロシア、そしてソビエト連邦の支配下にあって、第二次大戦中には多数の国民がシベリアで強制労働に従事させられたり、タリン市街はソ連による爆撃にさらされるなど、ひどい圧制に苦しんだということは当時の私のブログにも書いた通り。

タリンには大戦中のソ連空軍による爆撃の跡地がそのまま保存されているなど(写真)、エストニア人のロシア人に対する反発、憎しみは戦争を知らない世代にまで連綿と受け継がれており、それが1991年のロシアからの独立、そして今世紀に入ってからのEU加盟と、エストニアのロシア離れを加速させていった。

タリン爆撃跡地


そんなエストニアのタリンが市の中心部にあったソ連兵の銅像を郊外に移設し、それに対してロシアが石油輸出停止措置で報復というのが今回の事件の流れである。もともとよくないエストニアのロシアの国民感情は今さらに地に落ちているだろうことは想像に難くない。

高騰する原油や豊富な天然ガス資源をてこにグルジアやウクライナなど旧ソ連衛星国への圧力を強めているロシア。今回の制裁もその外交政策の流れにあるようだ。先日のポロニウムによる元スパイ暗殺事件や、チェチェン弾圧を批判したアンナ・ポリトコフスカヤ記者の暗殺など、プーチンが情報統制をますます強めているという噂も。国内では国民のナショナリズム感情も高まっており、なんとも不穏なロシアの動きである。

世界遺産タリン旧市街の街並み

     
昔学生の頃、トルコやエジプトを旅行したことがあり、安食堂や安宿をはしごしていたのだが、そういう食堂の片隅に置かれたTVでは、なんとも派手で仰々しいメイクとスパンコールぎらぎらの衣装の太った女性がアラビックでエスニックなメロディを熱唱していたものだ。それをぼんやり眺めながら、なんとも日本の演歌にそっくりだなあと感心したことがある。(余談だが、エジプトのカイロではバングルスの”Walk Like an Egyptian”の現地カバー曲をラジオで耳にしたこともある。)おそらく、日本の演歌番組を外国人が見ると同じようにエスニックに感じるのだろう。

「エスニック・キャピタル」ロンドンにいると、アラビックなメロディやインド風の音楽というのを耳にすることがよくあるのだが、同時にロンドンの音楽シーンではエスニックなものと現代のクラブミュージックが融合する動きもあり、ここ10年ほどはニティン・ソーニーNitin Sawneyがその代表選手の一人といえるだろう。

この人はインド系移民の家庭に生まれたロンドン育ちで、イギリスに何百万といるインド系移民のアイデンティティを持つ。Drum’n Bass風のスピーディでダンサブルなビートに乗せて、本人は主にキーボードにピアノ、そしてフラメンコギターなどを演奏し、そこにインド系の民俗音楽独特のヴォーカルが絡む。スリリングでメロディアスな曲展開。エレクトロなダンスミュージックと民俗風メロディのミスマッチの妙、そして詩にこめられた、マイノリティとしての鋭く、思慮深い社会的メッセージなど、すべてが新鮮で印象的である。日本でも人気のある人だが、イギリスのインド人社会を間近に感じながら聞くとまたさらに印象深くなるだろう。「ワールド・ミュージック」アワードなどを獲得しているようだが、エスニックで片付けられることが多い「ワールド・ミュージック」ではなく、いわゆる昨今のグローバル化を象徴する存在として、「グローバル・ミュージック」とでも呼びたいところである。

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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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