Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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人間、三歳まではあらゆる言語の音をききわけ、脳の言語音声回路のシナプスが増え続けるが、それを過ぎると今度は使わない無駄な回路を次々と消していってしまうそうだ。そうすることにより、脳における作業の無駄が省かれて効率よく言語を習得できる。余分な音は余分な音として認識され、無視するようにできているわけだ。

日本人が日本語の音だけで育つと、RとLの発音が区別できなくなったり、CiとShiの音声の違いが識別できなくなるというのは、こうした理由による。本来異なる音のはずだが、日本語の音声回路では同じ音として認識されてしまう。英語には不都合だが、日本語の理解にはむしろ便利なのである。

私の知り合いで、アメリカでドイツ人と結婚した日本人がいる。
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一般的に海外よりも日本は物価が高く、過去にはこれがしばしば社会問題とされてきた。最近ではデフレやユーロ高の影響などもあり、一部では逆転現象が起こったりもしているが、CDとDVDの価格についてはいまだ日本は世界一高価なマーケットだと言える。 DVDを例に取れば、日本で新作DVDはオンラインなどで安くても3000円程度。通常は3800円前後で店頭にならぶが、アメリカでは20ドル前後。1500円も安い。ドルに換算すれば、アメリカはだいだい日本より35%安い。 これだけ価格差があれば、アメリカのDVDをAmazonなどのオンラインで購入して日本に輸送してもまだおつりが来るのだが、そうして購入したDVDを楽しむにはいくつか障壁がある。
     
パリ症候群」という言葉がある。Wikipediaによれば、パリにあこがれて渡仏したものの、現地の言葉や生活に融け込めずに精神が不安定になることをいうらしい。企業駐在員やその家族にも時々あるようだ。パリはあくまで例えであり、場所はパリに限らない。要するに海外への憧れと現実のギャップに苦しむことを表す言葉である。ただ、パリは外国人にやさしい街とは言えないので、発症しやすいのだろう。こんな記事も報道されている。

'Paris Syndrome' strikes Japanese

パリは街が汚れている上に人が不親切で、憧れが裏切られてショックを受ける日本人旅行者が多いという記事であるが、まあ、パリはたしかに壮麗だけれども、きれいで清潔な街とは言いがたいし、街は騒々しくて無礼な人も多い。

観光客の数では世界一を誇るフランス、そしてパリだが、一方でヨーロッパの人々には上のような理由で評判が芳しくない街でもある。無礼なパリジャンのイメージ回復のために、フランス観光局はこんな一風変わったキャンペーンまで行っている。

http://www.cestsoparis.com/attitude-game.php

昨今フランスで頻発する移民たちの暴動も、外国人を見下すフランス人の態度と無関係ではないだろう。
     
ロンドンの中華街が取り壊される計画に地元中国人が猛反発」という見出しに「!?」と思い、よく記事を読んでみると、ロンドン中心部レスタースクエアのいわゆるあのチャイナタウンではなく、ロンドン北部コリンデールにある「オリエンタルシティ」が取り壊されるということらしい。このオリエンタルシティ、街ではなく、アジア食品などを売るモール街である。ロンドン在住の日本人には馴染み深い存在で、かつては日本食スーパー「ヤオハン」を中核店舗に、旭屋書店、山崎パン、サンリオショップ、すし屋、日本人向けクリーニング屋などが並び、隣には古本の徒波書房もあるという、いわゆる「ジャパンタウン」だった。最上階に中華レストランが二つあり、どちらにもよく足を運んだ思い出がある。

90年代後半の「ヤオハン」の倒産後、経営権は中国だったかマレーシアだったか、他のアジア系に移り、21世紀に入ってからは日本色は徐々に薄れ、逆に中国色がどんどん強まっていったものだ。2005年に何年かぶりに訪ねたときには、旭屋書店はすでになく、クリーニング屋さんも姿を消していた。当時はたくさん見かけた日本人家族も激減。モールはほぼ中国系に占拠されていた。

バブルの頃に急増したロンドン在住の日本人の生活を支えていたヤオハン。バブル崩壊後の地価暴落が原因となって倒産。同時に日本経済の凋落とともに、日本人駐在員家族の数も減っていった。人口減少に陥った日本のモールが、中国勢に取って代わられていく様は、日本と中国の未来を先取りして暗示しているようで、あそこに足を踏み入れるたびに言い知れぬ不安に駆られたものだ。
     
ジャン・コクトー、ボリス・ヴィアン、セルジュ・ゲンズブール、ジャック・ルーシェ。フランスにはジャンルを超えた才人がしばしば登場するが、音楽界でジャズとクラシック、そして映画音楽で高く評価されているのがミシェル・ルグラン。来週75歳になる彼だが、代表作はなんといっても「シェルブールの雨傘 」(64年)とその後の「ロシュフォールの恋人たち」(66年)。カトリーヌ・ド・ヌーヴ主演のフレンチ・ミュージカルの傑作である。これらの作品で映画音楽家としての名声を高める一方、マイルス・デイビス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスら名ジャズメンとの競演が話題を呼んだ60年代の「ルグラン・ジャズ」もジャズ史に残る名盤として知られている。フランス人ならではのシャンソンの影響を感じさせる叙情的で暖かなメロディと知的な雰囲気がこの人の真骨頂である。

私のお気に入りはこれ"The Warm Shade of Memory“。

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ミシェル・ルグラン・ウィズ・トゥーツ・シールマンス (1995/07/19)

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ルグランがピアニストとして、映画音楽を中心とする自身の名曲の数々を再演しており、以前このブログでも紹介したベルギー人のジャズハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスも共演している。フレンチジャズのリリシズムと、パリジャンならではのしゃれっけが見事に融けあって熟成された音だと思う。8年前、娘を出産する時、妻が分娩室でリラックスするために持ち込んで流した思い出のアルバムでもある。
     
今日は夕方、会社が終わってから娘の学校の担任の先生との面談に出かけた。妻とともに先生と15分ほどの面談。ポジティブなフィードバックだったので一安心。終わって外に出ると、クラスメートのお父さんが入れ替わりに入っていった。

娘はイギリス時代、ドイツ時代を通して英国系の学校に通っているが、こちらでは父親がこうした先生との面談に参加するのが普通だ。共働き家庭も多いので、面談の時間も夕方以降に用意されている。おおむね母親相手だけで行われる、日本の学校の面談とは異なる点だ。日本の場合、面談が平日の午後に行われることも多く、父親の参加はそもそも期待されていないように見える。私の会社のとある日本人同僚の場合、以前お子さんがインターナショナルスクールに通っていたときは自分も面談に足を運んだが、ドイツの日本人学校に転校してからは一度も顔を出さなくなったと。典型的である。でも、日本人学校ではそれが普通なのだ。
     
オランダとドイツの対立の話で思い出したのがこれ。

http://www.youtube.com/watch?v=8-07iszCVfM

サッカーの欧州選手権、Euro2004の時のドイツ対オランダ戦のキャンペーンCMである。



オランダの車がキャンピングカーを引っ張っているところがポイント。ヨーロッパではオランダ人のキャンピングカー好きは広く知られている。
     
今日は雪の降りしきるアムステルダムで一日ミーティング。帰りにオランダ人同僚の運転する車でアムステルダムの街を走ったのだが、前に書いたようにこの街は異常に自転車が多く、ドライバー泣かせである。彼の運転するドイツナンバーのアウディで走っているところに、おばさんが乗る自転車が道を横断しようと突っ込んできた。車優先の道であり、急ブレーキも危ないので彼はかまわず直進したのだが、停止を余儀なくされた自転車のおばさんは、大きな声でこちらを罵ったのだった。

何を言っているのか、私にはまったく分からないが、オランダ人の彼にはなんとなくわかったようだ。彼はこう言った。「ドイツのナンバープレートだからね。」そして、”Germany is not the most popular country in the Netherlands. “と付け足した。直訳では「オランダではドイツは最も人気のある国ではない」となるが、これはすなわち、「オランダではドイツは嫌われている」という意味を婉曲的に表現したものだ。こちらの人はこうした皮肉交じりの婉曲表現をよく使う。

なるほど、戦後数十年たった今も、ナチスに踏みにじられたオランダ人のドイツへの嫌悪感というのは厳然と残っているのだなということをうかがわせる出来事だった。
     
今日はオランダに。午後ロッテルダムでミーティングの後、アムステルダムでミーティングを兼ねたディナー。アムステルダムの中心にあるイタリアンレストランに、オランダ人を中心に、フランス人、ドイツ人プラス日本人(私)がテーブルを囲んだ。店員はほぼ全員イタリア人で、オランダ語さえ通じない店員も。イタリア語、オランダ語、英語、ドイツ語、フランス語が飛び交う席となった。

以前紹介したように、オランダはインドネシア料理が有名だが、今晩のイタリアンはかなり本格的で美味。カルパッチョ、スパゲッティ・アグリ・オリオにトスカーナワイン、どれもすばらしかった。忘れないように店の名前をメモって置こう。Ristorante d’Antica  (http://www.dantica.nl/)。お奨めします。

初対面の人が半分以上を占めたこのディナー。話題は仕事がらみの情報交換から、それぞれの国の問題や個人的なことまで多岐にわたり、ドイツと日本の税金システムや教育システムの違いとか、日本人にとってのアメリカとヨーロッパに住むことの違いとか、日本人駐在員の給与体系にいたるまで、いろいろと訊かれることになる。
     
留学していた母校の日本人後輩からメールが届いた。東京で現役生と卒業生を交えてちょっとした同窓会を企画しているらしい。海外に住む私に参加はほぼ無理だが、留学当時の夢に燃えていた頃を思い出した。

数年前、30代への転換期を前に、私はアメリカのビジネススクール(いわゆるMBA)への留学を決意し、ちょうどこの時期最後の努力をしていた。日本人がアメリカのMBAへの入学を許されるためにはいくつかハードルがある。その最初の難関がTOEFL(英語圏以外から留学生が全員受ける英語力テスト)であり、それに続くのがGMAT(これはMBA志望学生全員)である。さらにこの後にエッセイという最大の難関が控えている。

TOEFLは留学生の英語力を測るテストとして世界標準となっているが、アメリカのMBA上位校の場合、300点中250-260点が最低必要レベルとされる。TOEICに換算すると920点程度ということになるので、海外経験がない人にはかなりのハイスコアだが、それでもこれは半年ほど集中学習すればなんとかなる人が多い(私もその口)。一方、GMATはMBAへの入学を希望する人はアメリカ人だろうが外国人だろうが全員受けなければならないテストで、多くの日本人が挫折する難関である。以下、例題を二つ紹介する。英語力に自信のある方はチャレンジを。
     
モナコという国はタックスヘブンとして知られる。モナコの銀行口座に一定額以上の預金をして、不動産を所有していれば市民権が得られ、他の国ならば取られる高い所得税から逃れることができる。世界中からこの国に金持ちが集まるのはそのためだ。F1ドライバーの多くがモナコに居を構えていることはこの事実と無縁ではない。鈴木亜久里も現役時代ここに住んでいた。

この国ではVAT(付加価値税)は19.6%であり、フランスと同額。ところがこの税金収入は丸ごとフランス政府に納入される。その見返りとして、モナコはフランスの電話、郵便、電気、水道といったインフラを使用することができるという契約を結んでいる。VATの多くは他国から遊びに来る観光客が落としてくれるわけだから、モナコ国民のライフラインへの負担は相対的に軽くなるという仕組みだ。観光立国である小さな国の知恵である(金持ちにやさしい国だ)。フランス人に言わせれば、モナコがすぐお隣のイタリアのインフラを使わずに、フランスを選んだのは正解だということになる(イタリアのインフラはお粗末だと小ばかにしているのだ。もちろん冗談半分である)。
     
日曜日にモナコから戻ってからしばし更新が途切れてしまった。出張で週末を丸々つぶした疲れもあったし、そうなると書くテーマが思い浮かばなくなる。書こうとして夜PCに向かってもそのまま睡魔に襲われる。それ以外にもいろいろと会社がらみで状況に変化があり、そんな中今日は日帰りでロンドンに出張。なかなか時間的にも精神的にも余裕がない今週だった。

とはいえ、ロンドン出張の間に私の中でビジネスについてある考えがまとまり、自宅に戻ってからそれを具体的な行動に移す、というブレークスルーがあった。今は一種の精神的高揚状態にあり、今朝は早朝五時おきだったにもかかわらず午前三時の今もあまり眠気はない(疲れは感じるが)。

仕事人間だと思われるかもしれないが、仕事は人生の一部だし、正念場というのはあるものだ。時にはこうしたライフスタイルもやむをえないと思っている。ただ、家族への思いやりや自分の健康とのバランスといったものは常に気にしなければならないだろう。

モナコで会ったオランダ人は、モーレツ社風で知られる韓国企業に勤めている。一般的にオランダ人もヨーロッパの中ではハードワーカーに入ると思うが、彼の働き振りを聞くと、なかなかうちの会社にはいないなと思わせるハードさである。これはやはり社風に影響されているようで、聞くと韓国人駐在員はさらにハードなのだそうだ。そんな韓国人を上司に持つ彼はかなりのプレッシャーを感じているようだ。

日本人も韓国人のように働くのか?と訊かれたが、20年以上前ならそうだっただろうと答えた。今の韓国や中国は、かつての高度経済成長の頃の日本のようなハングリーさと、将来への夢を持っているのではないだろうか。日本社会はある意味欧米のように成熟化したのか、かつてのようにがつがつと前に進むタイプの人がいないように思う。最近の日本人には多少のゆとりがあり、私生活とのバランスも重視されつつあるのかもしれない。

もしこのことが原因で日本企業がアジア勢に対して競争力を失っているとすれば、我々日本人はこれから意識をさらに変え、欧米のようにライフバランスを重視しながら業務効率を上げることで経済的な競争力を保てるように社会の仕組みを作っていかなければならない。
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TI

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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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