Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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今日のオスロは日中最高気温が3度。海に面しているオスロ市内は冷たい雨がぱらつく天気。昼間クライアントとのミーティングを終え、昼食後空港に向かう。オスロ中心部から空港は50キロほど離れており、ヨーロッパの中都市としては市内と空港が離れているほうだが、そこをノンストップの特急列車がわずか20分で結んでおり、アクセスは簡単。

市内を離れて内陸部に少し向かうともう雪景色。空港周辺は小雪がちらつき、うっすらと雪も積もっていた。この冬初めて見る雪。先週滞在したトスカーナの暖かさがうそのようだ。オスロ空港は床が板張りでとてもおしゃれな空港だが、これはコペンハーゲンやヘルシンキも同様で、北欧の空港の特徴と言えるか。

スカンジナビア航空(SAS)でデュッセルドルフへ向かう。SASはスウェーデン、デンマーク、ノルウェーの三カ国が共同出資する航空会社で、欧州線はコペンハーゲンをハブとしているため、帰りもここを経由。オスロから一時間、コペンハーゲンは雨模様だが、雪は見当たらない。見るとコペンハーゲンの気温は13度となっている。オスロよりもかなり暖かいんだなと思って地図を改めて眺めてみると、オスロやストックホルムは北緯60度にあり、コペンハーゲンは北緯55度に位置する。5度も南なのだ。
Scandinavia Map



夜ドイツに到着。木枯らしが吹き、きのう出発したときよりもかなり気温が下がって、一気に晩秋めいていた。
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今日は夕方からノルウェーのオスロに来ている。ノルウェーも今年はかなり暖かいとのことだが、それでももう朝晩は氷点下まで下がり、今晩降っている小雨は朝にかけて雪になる可能性があるとのこと。

ディナーはノルウェー人二人とイギリス人二人と一緒にオスロのMares という店で。ノルウェー最大のビールブランドRingnesを飲みながら、Cod(たら)のスターターに King Crab(タラバガニ)のスープ、メインはMonkfish(あんこう)のソテーを。フレンチ風の味付けがしてあり、本当に美味。店の雰囲気もよく、ここは本当にお勧め。

食事をしながらノルウェー人の生活ぶりについていろいろと話を聞くことができた。いきおい趣味の話になるのだが、夏はゴルフにフライフィッシング、冬はクロスカントリースキーが人気があるとのこと。北欧では大多数の人が山や湖に別荘を持っており、そこを拠点にスキーやフィッシングを楽しむのが一般的。日本人からすればなんとも優雅な話でうらやましい。先日引退したF1ドライバーのミハイル・シューマッハーもノルウェーにキャビンを所有していて、冬はスキーを楽しんでいるそうだ。

ノルウェーは手厚い福祉国家として知られるが、日本やドイツ、イギリスと同様、高齢化社会(Aging Society)の問題を抱えており、年金支給開始が67歳まで引き上げられているため、67歳まで働くのが一般的。(イギリスは65歳。) 日本でも年金制度や定年の見直しが進んでいるが、早晩欧米並みに65歳くらいまで働くのが一般的になるのだろう。
     
イタリア通の知り合いが、フィレンツェに行くのならば絶対立ち寄るべきとアドバイスしてくれたのが、シエナ。トスカーナの丘の上に築かれた城塞の街はサン・ジミニャーノに似ているが、こちらの方が街の規模は大きく、建物の色はサン・ジミニャーノのベージュとは異なり、赤茶けたトスカーナ色である。町の中心部、カンポ広場に面した塔に登る。300段以上ある階段を二歳の息子を連れて登るのは重労働だったが、登るだけの価値はある風景だった。

Sienaのパノラマ Sienaのパノラマ



夕刻ここを離れ、車で一時間ほど北のフィレンツェに向かう。Firenzeは英語ではFlorenceと呼ぶ。『花の都』という意味なのだそうだ。地元サッカーチームはフィオレンティーナ(Fiorentina)で、中田も一時期在籍。15世紀にメディチ家の支配下、ルネッサンス芸術が花開き、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリ、アンジェリコ、ブルネレスキなどのそうそうたる『超』芸術家達が腕を競った街。以前、会社の人との雑談で、「この現代、もはや超がつくほどの天才芸術家というのは生まれ得ないのか」という話題になったことがあるが、この短い期間にこの小さな街で、なぜここまで多くの天才が同時に才能を開花させることができたのか、世界史、人類史の大いなる謎の一つではないだろうか。

Santa Maria Del Fiore教会のドーム 天井画-Firenzeのドーム


見事な建築物に絵画の数々、おいしい食事とワイン、魅力的なショッピングなどなど、見所満載のこの街だが、一つだけネガティブなことがある。
     
イタリアから帰ってきた夜から発熱し、翌日38度の熱を押して会社に出てたまった仕事を片付け、今日は体に鞭打って朝7時半のフライトでミュンヘンへ。日本に住んでいる間はミュンヘンと言っても特にぴんと来なかったのだが、ドイツ南部バイエルン州都のこの街は、ドイツ人がもっともあこがれ、住みたい街No.1として常にランクされる、ドイツにとって特別な街なのだそうだ。

まず、バイエルンに住む人々はその独特の豪放磊落な気質で知られる。世界的に有名なビールの祭典オクトーバーフェスト、そしてサッカーチームのバイエルン・ミュンヘンの誇ったスーパースター、オリバー・カーンを思い浮かべればなんとなく分かっていただけるのではないだろうか。普通日本人が思い浮かべる豪快なドイツ人像というのはそのままバイエルン人にあてはまる。政治、宗教的にはがちがちの保守系カトリックである。

街並みも北部ドイツとはかなり異なる。いわゆるドイツの典型的な美しい風景というのはバイエルンにある。私の住むドイツ北西部のそれは近代的で、工業化されて味気がないが、バイエルンでは、白い壁に黒い木の梁が通った伝統的なドイツの家屋と、とんがり帽子のカトリック教会が立ち並び、遠景にアルプスが見えるといった風景が広がるのだ。

ところで今日のミュンヘンはなんと気温が20度を超えていた。山が多く、ドイツでは最も寒いとされるこの地方にしては異常な温かさである。普段なら10月末のこの時期はコートが必要だが、今日は半そででも過ごせるほど。寒くなることを想定して持ち歩いたコートはまったくの無駄だった。
     
私の周囲で日本人、ヨーロッパ人含めて、観光地として最も人気が高いのがイタリアだ。10月の終わりは小学校が休みになる(イギリス英語でHalf Termと呼ぶ)ので、その時期にあわせて三日の休みを取り、格安航空会社Hapag Lloyd Expressで格安チケットをネット購入。ケルン・ボン空港からピサまで、一人あたり行きは一人3ユーロ、帰りが32ユーロという安さ(空港税別)。同じ日付でルフトハンザやアリタリアだと家族4人で850ユーロ以上だから、ここで大きく費用を節約。今回の旅行ではイタリアフリークの人のアドバイスを入れて、レンタカーを利用してピサ、フィレンツェだけでなく、周辺のサンジミニャーノ、シエナも訪れることにした。この4箇所すべて世界遺産に登録されている。

初日ピサに到着して一泊、翌日車で一時間半程度離れたサンジミニャーノ(San Gimignano)を訪問。ここは中世以来塔の街として知られ、トスカーナの丘の頂上に何本もの塔が屹立する姿はとても印象的。
San Gimignano全景

(この写真はSan Gimignanoの公式ウェブサイトより)

城塞に囲まれた街で、城門をくぐるとそこには中世の世界が広がる。
San Gimignano街並

(これは自分で撮ったもの)

この街では銀行もこんな感じだ。バンカ・トスカーナ。
Banca Toscana

ここは世界遺産の街なのだが、交通のアクセスがあまりよくないせいか、日本人観光客は見かけなかった。
     
本日トスカーナから戻ってきた。

旅行についてはまた明日以降アップするとして、とりあえず写真を一枚だけ。

ピサの世界遺産ドゥオモ広場の夜景。ここには写っていないが、右側に有名な斜塔がある。

Duomo - Pisa

     
来週数日休みをもらって、この日曜日から家族でイタリアのトスカーナに旅行に行くことにした。ピサ、フィレンツェ、シエナあたりを車で巡る予定。仕事ではミラノ、ローマ、フェラーラなど何度も訪れているイタリアだが、実はプライベートでイタリアに行くのは10年ぶりのこと。

ドイツに引っ越してからは出張の回数は減っていたが、一昨日のロンドンを皮切りに、今日からのイタリア旅行から戻ったらすぐにミュンヘン、オスロと続き、その翌週はバルセロナ、パリ、さらにモスクワと出張予定が11月中旬までぎっしりと詰まっている。

というわけで、ブログの更新はややペースが落ちるかもしれませんが、ヨーロッパ各地の様子をまた書き留めることができればと思いますので、よろしくお願いします。
     
今日はベルギーにあるアウトレットモールに買い物に。ドイツからオランダを抜けてベルギーに入ったすぐのところ。車で一時間半ほどだ。妻と秋冬物をいくつか物色。

さすがに多言語エリアなので、オランダ語、ドイツ語、英語、フランス語どれでも通じますとの表示がされている店もある。ベルギーなのでワッフルやチョコレートもおいしい。子供をつれてプレイエリアに行くが、子供たちの言語も様々。途中、娘が遊んでいるところに別の女の子がやってきて、ブロックを取ろうとした。娘はとっさに”Nein!”とドイツ語で不満を表明するが、通じない。後でその子が親と話しているのを聞いているとフランス語だ。館内のアナウンスなどはオランダ語。「他のみんなが何語を話しているか分からない。」と娘がぽそっとつぶやく。つい先ごろまではイギリスにいて、周り全員が英語を話していた環境から一転。特に子供同士のコミュニケーションには戸惑うようだ。当たり前だが、ドイツやベルギーで7-8歳で英語をまともに話せる子供はめったにいない。大人同士は英語でなんとかコミュニケーションができても、子供はそうはいかないのがつらいところ。公園などで知らない子と仲良くなって遊ぶなんていうことがなくなるのはちょっとかわいそうな気もする。
     
今日は朝5時半に家を出てロンドンに向かった。ロンドンは曇り。例年ならこの時期は朝晩はコートがほしい季節だが、最近は暖かくコート要らずだ。午前中、ヒルトンホテルの一室で40分ほどのTVインタビューを受けた。録画なので撮りなおしが効くとはいえ、英語でのTVインタビューはなかなか緊張する。午後は同僚やクライアントに会って、もう一つ今度は雑誌のインタビューを受けて夕方ヒースローに戻った。

途中、妻に頼まれて、ヒースローエキスプレスに乗る前にパディントン駅構内にあるスーパーでドイツでは手に入らない嗜好品を購入。PG Tipsのピラミッド型ティーバッグの紅茶と、Walkersのポテトチップス(Crisps)6個の詰め合わせ、ショートブレッドといった類だ。どれもイギリスではどこにでもあるものだが、一歩イギリスを出るとなかなか手に入らない。

空港に着き、そのままセキュリティゲートに向かったが、入り口で呼び止められた。手荷物が多すぎるというのだ。持っているのはPCの入ったカバンと、スナックが詰まったスーパーの袋である。8月のテロ未遂事件以来、チェックが厳しくなって手荷物は一つだけしか許されないのだ。実際には以前からそういうルールだったのだが、以前はさほど厳しくなく、二つほど持っていても黙認されていたので甘く見ていたが、今は厳格に適用されているようだ。というわけで、結局カバンを近くの売店でもう一つ買ってそこにスナックなどを詰め込んで改めて荷物だけチェックインする羽目に。お金の無駄遣いだし、ゲート前のお店はたなぼた商売である(他にも同様の理由でそこでカバンを購入している人がいた)。ちょっと悔しいがやむをえない。

というわけでロンドンに行かれる方は、液体系の薬品、化粧品、飲料は機内持ち込みができないということ以外に、手荷物の大きさと数量制限が厳しいということにご注意を。ロンドン以外のヨーロッパの空港はあまり厳しくないので、それで油断していると、ひっかかります。
     
イギリス人とドイツ人、日本人の目から見てどちらが働きやすいか、とある人に訊かれた。私はイギリス人の方が自分の意思が伝わりやすく、しかも仕事熱心なのでイギリス人の方が働きやすいと感じている。ドイツ人はまじめだが、業務時間が終わると仕事が残っていてもほったらかしてさっさと帰ってしまい、残業までしてデッドラインを守ろうという仕事へのコミットがないという印象がある。意思疎通については英語を母国語にしているイギリス人の方が有利だと考えられるが、法律で守られているドイツ人は概して労働時間は短めである。

ところが、多くの日本人はドイツ人の方が働きやすいと感じるそうだ。その理由はルールに則ってきちんと正確に仕事をこなすドイツ人に対し、イギリス人はアバウトでいい加減だとのこと。それはそれで確かに一理あるとは思う。思えば最初イギリスで働いたとき、当時のイギリス人上司がAbout right. (だいたいあっているからいいよ。)と言った事が印象的だった。だいたいでよいなど、日本では許されない感覚だったからだ。

ちなみにフランス人やイタリア人はコントロールしにくいというのは日本人の多くが感じることのようだ。彼らはこちらが指示したことを自己解釈してしまう傾向が強い。それは時にクリエイティブに膨らんでより良いものが出来上がることもあれば、捻じ曲げられてしまって期待した結果が得られないこともある。独創的ではあるのだが。

明日は早朝からロンドンに出張。日帰りだ。
     
ヨーロッパには小さな国がいくつも散在している。よく知られているバチカン、モナコ、ルクセンブルグなどから、ややマイナーなマルタ、サンマリノ、アンドラなど。リヒテンシュタインはマイナーな部類に入るだろう。どこにあるかも(ヨーロッパ人にさえ)あまり知られていないが、こんなところに位置している。

Liechtenstein map


リヒテンシュタイン公による伝統的絶対君主制を取るこの国、スイスとオーストリアの間にはさまれ、小豆島程度の大きさの国土の多くは山である。人口3万人であるが、国庫が豊かなので所得税、相続税などはなし。国としてはスイスとの結びつきが強く、外交、通貨、防衛などは共通。スイスの一自治州といった感じである。ヒトラーのドイツにも併合されなかった永世中立国。

私は2年前にスイスからオーストリアに車で抜けるときにこの国を通ったことがある。スイスのハイウェイに並行する小さな川を渡るとそこがもうリヒテンシュタインの首都Vaduz (ファドゥーツ)である。スイスからだと国境検問もなし。Vaduzも小さな町で、市街地のすぐそこまで山が迫っており、町の半分は斜面。その山の中腹に侯爵の居城ファドゥーツ城が庶民を睥睨するように張り出している。

Vaduz城


この国では、車の数も知れているだろうが、独自のライセンスナンバープレートを使用している。下地が真っ黒なのでヨーロッパでは逆によく目立つ。FLというのが正式国名の頭文字を取ったもの。

Liechtenstein license plate

(from www.olavsplates.com/liechtenstein.html)

こんな小さな国だが、世界一の企業がある。工具メーカーのHILTIといえば日本でもよく知られた会社。そもそもこの国はタックスヘブンなので世界からペーパーカンパニーが集まるが、この企業はリヒテンシュタインの誇る世界一企業である。

わずか一時間程度の滞在だった。国境線を示す標識がなければスイスの町の一つに紛れ込んだかと思うほど小さく平和な国である。大EUとして統合巨大化が進む一方で、こんな小さな国が独立主権と君主制の伝統を保ち続けることができるのがヨーロッパだ。
     
デンマーク人の同僚と夕食を共にしたときに、お互いの国の有名なものを出し合ったことがある。「デンマークって何が有名だっけ?」としばし考える。ヨーロッパではわりと存在感が薄い国。意外と難しい。結局出てきたのが、こんな感じ。

>デーニッシュ・パン(やはりデンマークで発明されたのだろうか。ともかくデンマークのパンだ。)
>レゴ、レゴランド(子供がいればまずこれが浮かぶのでは)
>アンデルセン(説明不要)
>Royal Copenhagen(まあこれも説明は不要か)

と、ここまではたいていの人は知っているだろう。
ここからはややマニアック。

     
一昨日のブログで触れた、欧州選手権EURO2008予選、クロアチア戦でのイングランドの自殺点のビデオがYoutubeに上がっていた。かわいそうだが、あまりに見事。

http://www.youtube.com/watch?v=bOQpPddPxWg
     
ノーベル文学賞が発表になった。今年の春にカフカ賞を、つい先日にはアイルランドの文学賞を受賞してノーベル賞の期待が高まった村上春樹だったが、トルコの作家が受賞することが決まった。

イギリスでは数ヶ月前に “Blind Willow, Sleeping Woman” 「めくらやなぎと眠る女」が発売されて話題になっていたところだった。
Blind Willow, Sleeping Woman



二週間前にロンドンに行ったとき、ヒースロー空港で時間があったので本屋WHSmithに立ち寄って手にしたのがこれ。

South of the Border, West of the Sun


邦題は確か「国境の南、太陽の西」だったか。10年近く前に日本語で読んだのだが、ぼんやりとしか覚えていなかったので、今回読み直そうとその場で買って、昨夜読了。190ページ程度で短めだし、村上作品は複雑な構文や難解な表現もなく、淡々とセンテンスが語られるので、英語でも読みやすい。改めて読んでみると、主人公は私と同じ年齢で子供も二人。乗っている車も同じ。前に読んだときは登場人物が私よりも一世代上で、おじさん、おばさんに思えたものだが、今読むと主人公と自分の目線が合っていることに気が付いた。小説というのは、そのときの心理状態や年齢、置かれている状況などによって感情移入や共感の度合いが異なってくるのだと改めて感じた。
     
先日ワールドカップが終わったと思ったら、今は2008年の欧州選手権(Euro 2008)に向けた予選が始まっており、欧州の各国代表が毎週対戦している。先週なんとホームでマケドニアと引き分けたイングランド、今週はアウェーでクロアチアと対戦。好カードである。仕事仲間のイギリス人数人と一緒にデュッセルドルフ中心、アルトシュタットにあるアイリッシュパブでビールを飲みながら試合を観戦。ベッカムが抜けたイングランドは精彩を欠き、なんと2-0で完敗。しかも2点目は味方のバックパスをキーパー、ロビンソンが「空振り」して自殺点という10年に一度しかないような珍プレー

隣のスクリーンでは同時並行してスコットランド対ウクライナの試合が行われており、スコットランドはやはり2-0で完敗。欧州ナンバー1ストライカーシェフチェンコはやはり手ごわかった。イングランド人に「スコットランドは応援しないの」と聞くと、「どうして?お互い敵同士なんだから応援なんてするわけない。スコットランド人もイングランドに負けてほしいと思っているよ。」との返事。スコットランドとイングランドの政治的な因縁はサッカーにもつながっており、お互いを応援するなどという殊勝な気持ちにはならないようだ。このあたり日本と韓国の関係に似ている。隣同士だがお互いをライバル視しているので、韓国だけが勝ち進んで日本が敗退してしまうとやはり面白くない(「同じアジアだから韓国も応援する」という人もいるが)。

イングランド、スコットランドのUKサッカー二大国が敗れて、今晩は大英帝国受難の日かと思ったが、ウェールズがキプロスに、北アイルランドがラトビアに勝利して、UK総倒れはまぬがれたようだ。
     
7歳の娘は学校で毎日読書の宿題を持って帰ってくるのだが、今日持って帰ってきた課題図書は”War Children”というタイトルで、第二次世界大戦中の子供たちの生活や苦労を書いたノンフィクションだった。写真やイラストつきで戦争の始まりと概要、ロンドンの子供がドイツの空襲に備えて避難した様子(当時、ロンドンの地下鉄の駅が避難所になっていた)、ドレスデン大空襲の様子(避難したドイツ人少年の声と廃墟と化したドレスデンの町の写真)、ホロコーストで殺されたり監禁されたユダヤ人の子供たちのこと(アンネ・フランクのことも)など、当時の子供たちの生の声を中心に子供の視点で編集されているので子供にも分かりやすく、大人が読んでも重く胸にずしりと来る内容である。

War Children Cover

     
悪いニュースは忘れたころにやってくるというが、まさにそんな出来事が最近あった。裁判所への出頭命令である。
     
本日見つけた記事から抜粋。 

”牛乳の消費低迷に歯止めをかけようと、乳業各社は独自のコンセプトを切り口にした“新牛乳”の製造・販売に相次ぎ乗り出している。森永乳業は夫婦だけで暮らす小世帯など向けにコップ4杯分の少量パック「森永牛乳720ml」を同19日から売り出した。森永は、「500ミリリットルでは少ないし、1リットルでは余ってしまう」との声が多いのを受け、1~2人でも適度に飲みきれるサイズを作った。(毎日新聞)”

実に日本的だなと思わせる記事である。アメリカに住んでいたとき、スーパーで売られている牛乳のサイズは標準が1ガロン(3.78リットル)だった。どうしてこんなに大きいかと言うと、アメリカ人はスーパーの買い物は週一回程度で済ましてしまうので、大きいものの方が売れるのである。巨大なカートにあふれるほど買い込んで、大きな車のトランクに詰め込み、巨大な冷蔵庫に放り込むのがアメリカ式。で、巨大な牛乳だから(子供が持てないほど重い)、当然使い切るまで何日もかかる。しかしどういう理由からか、アメリカの牛乳は日本やイギリスと比べて長持ちするのである。確か一ヶ月近くもったように記憶している。だから余って困るなどということはないわけだ。
巨大なミルク (Sam’s Club HPより)


森永が720ml牛乳を開発したのは1リットルでは余ってしまうという声が多いためとのことだが、余ればもう一日置いておけばいいわけで、いくら日本の牛乳が賞味期間が短いとは言っても少しくらい余ったところで無駄にはならないと思うのだが。これは欧米風の考え方だろうか。それとも何か短期間で飲みきれるサイズにしなければ売れない理由があるのだろうか。いずれにしてもこの牛乳、冷蔵庫が小さく、スーパーに行くサイクルが短くて、賞味期限にうるさい日本人ならではの商品企画だと思える。欧米(特に米国)では生まれえない発想に根ざした商品だ。
     
OECD(経済協力開発機構)が9月に発表したEducation At a Glance 2006には、OECD加盟30カ国の教育の状況を様々な統計で比較しており、興味深い。

1. 15歳における数学の能力で言えば、日本はフィンランド、韓国、オランダについで4位と好成績である。
2. 日本では学校間の学力差が大きく(トルコ、ハンガリーに次ぐ3番目)、学校内部での学力差は小さい。-->入る学校で学力が決まる傾向が強いわけで、日本の受験戦争を激しくしている要因だろう。
3. GDPに対する国家の教育予算のパーセンテージで日本はOECD平均を大きく下回る。-->国の経済規模に比して教育にお金を使っていないとのことだが、これは少々意外だった。
4. 中学校における一クラスの人数は日本は33.8人と、韓国についで世界で二番目に多い。OECD平均は24人で、30人を超えているのは30か国中5つのみ。-->私がイギリスやアメリカで驚いたのは一クラスの人数の少なさである。外国に出て初めて、日本のクラスの人数の多さに気付いた。欧米ではクラスサイズを非常に気にする。大きすぎると教師の目が行き届かないと考えられているのだろう。日本では教師が生徒のいじめに気が付かないということが増えているが、クラス人数の多さが関係していないか。
5. 教師のサラリーは世界でも5位と高額。
-->日本で教師が裕福だとは思えないが、世界レベルでは高額になるようだ。これは上に挙げた、クラスサイズの大きさにも関わるのかもしれない。日本は教師の数が足りないので給与も高めだとはいえないか。ただしこれが当てはまらない国もある。ルクセンブルグの教師の給与は日本の1.6倍と、世界でもずばぬけて高額だが、クラスサイズは20人足らずと、OECDで5番目に小さい。ルクセンブルグは教師天国なのだ。
6. 中学校における年間授業時間数は日本は世界で最短。世界平均700時間に対し日本は534時間。-->しかし、これが教師の実際に働く時間となると状況は一変する。日本では教える時間よりもその前後、準備や研究に当てる時間が長いという結果だ。
7. 日本では女性の大学進学率が低い。女性における大学の学位取得者の比率はOECD平均54%に対して日本は41%。-->日本は女性差別の国だといまだによくヨーロッパ人に言われるが、残念ながら教育統計にもその差は歴然と表れているようだ。

以上、ざっと日本の気になったところだけ挙げてみた。こうしていろんな基準で比べて見ると、やはりフィンランドやアイスランドといった国の教育体制が最も充実しているように見える。日本は学力は高いが、教育インフラは豊かとは言えないようだ。もっと詳しい内容を見たい方はOECD加盟国全体の統計分析に加え、国別のレポートも出ている。

     
10月3日はドイツは統一記念日で休日。4日はパリに出張。一泊して5日にドイツに戻る。

同僚と休暇のとり方について話題になった。ヨーロッパで一番労働時間が短いのがご存知フランス。週35時間労働などと言われている。それに続くのがドイツ。北欧も労働時間は短い。一方、イギリスは西欧では最も長時間働く。アメリカはさらに長くて、日本はさらにその上を行く。それぞれの国に休日に対する考え方、文化的背景があるのだが、ヨーロッパの多国籍企業ではこれらが入り混じることが多いので時々問題の種になることがある。

私の勤める会社では、ヨーロッパ域内では国籍を超えた組織体になっているので、イタリア人の下にドイツ人部下がついたり、ドイツ人の下にフランス人の部下がついたり、ロシア人の下にイギリス人部下がいたりと出身国、居住国が入り乱れることになる。こうなるとそれぞれの国によって休暇のとり方、考え方が異なるため、上司と部下の国籍の組み合わせによっては、考えがあわずに摩擦や不満が出ることがある。うまく行かない一例が、よく働くイギリス人の下にイタリア人やフランス人が付いた場合で、たいてい、休みを長く取って働かない部下にイギリス人が不満を持つことになる。1ヶ月ぶっ続けで夏休みをとろうとするフランス人の部下に対し、長すぎるから自重せよと命令するイギリス人上司。休みが長すぎるといわれたフランス人部下はしぶしぶ休暇を短縮するがそれはそれで不満が残る。

ちなみに、平均的なイギリス人は夏に2週間の休暇を取るのに対し、フランスでは3週間以上休む人が多い。北欧では一ヶ月というのが標準的だ。日本人はどんなに長くても2週間以上休む人はいない。たいていが1週間程度だ。ヨーロッパ人の大胆な休みっぷりはたいがいの日本人には理解の外である。標準とされる年間休日数も国によって異なるので、同じ会社なのに国によって年間休日日数に開きがあるのは不公平だという議論も出てくる。

インターナショナルな環境で働くということは、こういった文化、環境の違いに根ざす摩擦やギャップと日々向き合うことでもある。多くの国や民族が同じオフィス空間で入り混じるヨーロッパではそのせめぎ合いはまさに日常。お互いがお互いを尊重しあいながら理解を深めるしかないのだと思う。
     
ドイツ人は几帳面だとよく言われるが、具体的にどこがどう几帳面なのか、いくつか例を挙げてみよう。

1. ビールやジュースのグラスに目盛りが書いてあり、飲み物はそこまで注ぐようになっている。メニューには500mlや300mlといった容量が書いてあるので、その通りに入ってきたと分かる仕組み。当然、目盛りに足りていなければ追加を要求できる。

2. 信号の手前に予告信号があることが多いのだが、その予告信号はただの点滅信号ではなく、50とか60とか、数字で表示される。これはここを時速50キロで走れば次の信号を青で通過出来るという意味。いたずらにスピードを落とさせたり、飛ばさせたりせず、スムーズな交通の流れを作る仕組み。

3: 出張したときに出張者に食事などの手当てとして支払われる日当。日本では企業ごとに基準はばらばらだし、イギリスなどそもそも日当が存在しない企業も多い。ドイツの場合、この日当金額は政府が決めたガイドラインがあり、企業はそれを守らなければならない。しかもそのガイドラインは国別、都市別、滞在時間別に細かく分かれており、たとえばイギリスのロンドンに12時間滞在したら日当はいくら、といった具合で支給額が決まる。所得税務上の手続きを簡便にするため、中央が一律で決めているそうだ。

こうして見ていくと、ドイツ人はただ几帳面というより、どこまでも合理性を追求する国民なのだと表現したほうが正しいような気がしてきた。
     
イギリスで10月から年齢差別法 (The Employment Equality (Age) Regulations 2006)が施行された。年齢により雇用や労働機会を差別することを禁ずる法律であり、雇用差別の対象となりやすい高齢者を守ることを目的としている。EUでは以前からEU指令(European Union Directive)として年齢差別撤廃を勧告しており、欧州の主要な国ではすでに施行されている。米国でも40年ほど前から導入されており、今回のイギリスはそれらに従った形だ。日本はその点、まだまだ先進国の流れに取り残されているのが現状だ。

身近な例で言えば、求人広告。日本であればたいてい30歳までとか、40歳までなどと年齢が示唆されているが、これは欧米では完全にアウト。また、企業が応募者の履歴書に生年月日を書かせるのは、イギリスの新法では必ずしも法律違反ではないが、年齢を選考理由にするのは違反である。そうなると、選考に落ちた応募者が企業を年齢差別で訴える可能性もあるため、企業としては生年月日は訊かないのが望ましいとされる。先日私の勤める会社がドイツで求人広告を出すときにも、ドイツ人採用担当者から年齢性別についての記載はご法度とアドバイスされた。実際、人を採用するときに相手の年齢が分かっていたほうが、適性や給与レベル、職務ランクを考慮するときに参考になり、便利であることは間違いないのだが、そもそも年齢を参考にしてはいけないのである。ヨーロッパではこれは常識の範囲であり、ドイツ人からそうアドバイスされること自体が、日本人が年齢差別に鈍感だと思われている証拠でもある。

一般的に日本では、35歳を境に転職の求人ががくんと数が減るが、これはあからさまな年齢差別であり、36を超えた私としては、欧米の考え方に日本も早く変わってくれればいいのにと思ったりもする。とはいえ、こうした年齢差別は日本社会を構成する人とシステム全体の問題であり、法律で差別を禁じたからといって、人々の考えが実際の行動がすぐに変わるわけではない。こうした差別感覚がなくなるまでは何世代かを要するのだろう。
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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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