Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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ロンドン出張には同僚のドイツ人も同行したのだが、昼食時にコーラを飲んだ。そのときに話題になったのが、コーラの呼び方。彼女が以前コカ・コーラ・ライトをイギリスで注文したら通じなかったという体験をしたそうだ。確かにイギリスやアメリカではCoca Cola Lightとは呼ばず、Diet Cokeという名称が正式だ。

このライトに限らず、コーラそのものが国によって呼び方が異なる。日本ではコーラと呼ぶが本国アメリカ、同じ英語圏のイギリスではコークと呼ぶのが普通。ドイツではコーラの方が通じる。これがフランス語圏のベルギーやルクセンブルグなどではコカと呼ぶのが普通で、コークは通じないことが多いとはルクセンブルグに長年住んでいた同僚の弁。

コーラは全世界共通のブランドだと思われているが、意外と国によって微妙に呼び方が異なるのである。
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今日は朝4時半起床でロンドンに出張。ほぼ2ヶ月ぶりのイギリス。8月前半に出張予定があったのだが、あの時はテロリスト騒ぎでキャンセルとなってしまった。

朝、劇場が集まるコヴェント・ガーデンにある会員制のクラブ “The Hospital”に向かった。18世紀に建てられた病院の跡地に作られた7階建てのビルにはレストラン、バー、ライブラリー、ネットカフェ、ミーティングスペース、スタジオ、ギャラリー、シアターなどの設備が入っており、会員はそれらを自由に利用できる(私は会員ではないが)。ロンドンのマスコミや音楽業界の人がミーティングなどに利用するようで、昼日中からにぎわっていた。そこでPR関連のミーティングを終えて、夜はさらに西に移動してケンジントンでディナー。7月末に引っ越して以来初めてのイギリスだが、さしたる感慨や違和感もなくすぐに雰囲気に溶け込めた。まだまだ自分の中でイギリスの生活がリアリティを持って生きているのだろう。

ところでディナーの席でベルギーに済むイギリス人に教わったのだが、ベルギーでは、乾杯するときに相手の目を見つめなければ向こう七年間性生活がうまくいかなくなるという俗説があるとのこと。イギリスではそのようなことは言わないらしが、乾杯するときに目をそらすマナーの悪さを戒める意味があるのだと思われる。この手の言い伝えというか、俗説というのは微妙に形を変えてどこの国にでもあるものだ。
     
車の運転というのは基本的に各国さほど大きく差はないのだが、微妙なところでお国柄や特徴が出ており、興味深い。私がこれまで住んでいた、日本、イギリス、アメリカ、ドイツの車運転事情を比べてみる。

運転マナーはイギリス
とにかく、道を譲るのが好きな国民だと思う。割り込みや合流がこれほど楽な国も珍しい。道は欧米の中では狭目だがとにかく譲り合いが染み付いているので、気分が良い。こちらも譲り癖をつけないと恥ずかしくなる。一方ドイツはめったに譲ってくれない。ドイツのドライバーの愛想は総じてよくない。

駐車はアメリカ
とにかく駐車スペースが広い。斜めに鼻先を突っ込む斜め駐車が一般的で、これは場所を広く取っているからこそできること。アメリカではスーパーでも路上でも、縦列駐車したり狭いところにバックして駐車する機会は少ない。ここでの運転に慣れると日本に帰ったときに苦労する。日本の駐車場では普通みんなバックで駐車するが、欧米帰りの人は前から突っ込むくせがぬけない。

スピードはドイツ
言うまでもないか。時速200キロ超を心置きなく出せる国はドイツ以外、世界のどこにもないだろう。ドイツ南部、高級自動車メーカーの本拠シュツットガルトに近い高速道路アウトバーン(Autobahn)では、世界中の自動車メーカーが高速走行性能をテストするために発売前の試験車を持ち込むことで知られている。

スピード厳守もドイツ
スピード狂の多いドイツだが、一方でスピード厳守が徹底しているのもドイツの特徴。住宅街では時速30km制限などというところも珍しくないが、かなりの確率でみんなこれを守っている。ルールに厳格な国民性が出ている。一方イギリスは至る所に監視カメラが。その数は半端ではない。

工夫は日本
狭くて見通しが悪い日本の道路。その分様々な工夫がなされている。たとえば道路脇のミラー。見通しの悪いカーブや交差点にはミラーがついて死角を消しているが、欧米ではそもそも死角が少ないので、このような工夫は見られない。あとは防音壁。以前アメリカから来た客人が驚いていたが、高速道路脇に住宅地がある場合、背の高い防音壁が道を囲うように両側に聳え立つ。欧米の場合、そもそもハイウェイ脇に家など建てないのだ。エレベーター式駐車場も日本ならでは。

以上、総じて言えば、最も運転しやすい国はアメリカ(とカナダ)だと思う。道が広い、見通しがよい、駐車スペースが広い、ガソリンが安い(高くなったとはいえ)、モーテルなど幹線道路沿いの宿泊施設も充実している。逆に運転しづらいのは間違いなく日本だが、運転は器用になるのではないか。
     
ハリウッド映画など、英語で作られた映画を上映する場合、ドイツではドイツ語でdub(吹き替え)されるのがほとんどである。日本では映画館はsubtitle(字幕)、TV放映されるときは吹き替えが多いが、ドイツでは一部の映画館を除いて映画館もTVもほとんどが吹き替え版になる。ドイツ語吹き替えをする声優は俳優ごとに決められており、ドイツ人は、ブラピもトム・クルーズもドイツ語声優の声で覚えている。私など、二コール・キッドマンがドイツ語で話しているととても違和感を感じるのだが、それは逆も同様で、外国人が山田康夫の声のクリント・イーストウッドを見ればもっと奇異に感じることだろう。

しかし、このドイツの吹き替えの慣習はわれわれドイツ語ができない外国人にはなかなか不便だ。ドイツ語で吹き替えられたせりふは理解できないので、私がドイツで映画を見ることはおそらくない。マルチランゲージの切り替えができるDVDを見るだけである。

ではヨーロッパの非英語圏がすべて吹き替えばかりかというとそうではなく、オランダではTVも映画館も字幕中心で吹き替えをすることは普通ない。聞くとポルトガルなども同様で、字幕中心だ。フランス、スペインなどはどうなっているのだろうか。

英語のままで放送すると、字幕を読まねばならない観客、視聴者にとっては不便だし、目の不自由な人や文字をすらすら読めない子供などには不親切だ。そのため、日本では子供向け映画は吹き替えされることがほとんどだ。一方で、英語習得のために、英語の音声を普段から多く耳にした方がいいという見方もあるだろう。また、製作側の都合で見ると字幕のほうが安く早く仕上がるという商業的メリットはありそうだ。視聴者人口の多さなども関係しているのかもしれない。

このあたり、外国語(特に英語)への許容に対する各国の姿勢の違いが出ていてなかなか興味深い。
     
”旅を通して文化が外へ向かって開くとき、よその国の人々が生身の人間として見えてくる。そのとき初めて、自分自身を変えられる。旅は文化の呼吸のようなものだ。”~マイケル・プロンコ(大学教授)


「旅は文化の呼吸」。いい言葉だと思う。旅をすることで人は外の世界を知り、そこで得た何かを自分のところに持ち帰って周囲の人や環境に有形無形の影響を与える。それが社会を少しずつ変化させ、新たな文化を生むのだ。



     
私の職場にはオランダに住んで国境を超えて通勤してくる人が何人かいる。基本的にEU加盟国の間では国を超えた就業、人の移動は自由だからよくあることなのだが、内情は色々と複雑である。

たとえば同僚のオランダ人。彼はオランダ国籍を持っているが、給料はドイツで出て、ドイツ政府に納税し、社会保険料もドイツで負担している。しかも彼は以前はオランダでも働いていたので、将来リタイヤしたときには年金はドイツとオランダ両政府から支給されるのである。また、健康保険料はオランダのほうが格安なのだそうだ。だから、彼がドイツで医者にかかっても、彼の保険料負担は他のドイツ人患者よりも安くあがる。しかし、もし彼がドイツで住民登録してしまうと、ドイツ人と同様の条件になってしまうのだ。

他にも、たとえばお金持ちの小国ルクセンブルグは、西欧でも年金や社会保険がとても手厚いことで知られる。だから有利な条件を求めてお隣のフランス、ドイツ、ベルギーといった国から越境労働者がたくさんきているのである。国境近くに住んでいるのなら、そういう国ごとの法的条件の違いをうまく利用して自分に有利な条件で暮らすのがヨーロッパにおけるかしこい生き方なのだ。

多くの国が国境を接し、その間の移動の自由が認められているEU。しかし、物理的な国境がなくなった今でも、国ごとに税率や社会保険制度が異なり、その複雑さはわれわれ日本人の想像を超える。そして人々はできるだけ有利な条件を求めて国々の間を動くのだ。こうした動きは今後も加速するだろう。このような地域は世界でも類がなく、EU統合が世紀の大実験とされるゆえんである。
     
延岡で竜巻が発生したというニュースを見て、アメリカに住んでいた頃を思い出した。私が留学時に住んでいたアメリカ中西部は竜巻銀座(私の造語)として知られ、毎年夏から秋にかけて竜巻がいくつか通る。実際、自宅から数百メートル離れたところを竜巻が通り、かなり怖い思いをしたことがある。そのときは近隣の州で数十名がなくなり、近所のKマートの屋根がはがれたり、森の木がなぎ倒されたりと、竜巻が通った痕がくっきりと残っていたものだ。

竜巻が来たときの様子はこんな感じだ。竜巻が近づくとサイレンが街に鳴り響き、住民に注意を促す。TVでは竜巻の予想進路を記した図を流して、進路上にいる人たちは避難するよう呼びかける。竜巻の最下部が地面に付くことを"Touchdown"と呼び、こうなると地上のものを吸い上げるので大変危険である。外は激しい雷雨になるが、竜巻周辺はそこだけ雲の色が緑がかって見えることもある。

人々は大きく頑丈な建物に避難するか、家の中であればバスルームや地下室など、奥まって独立した小部屋にこもることが勧められる。竜巻の直撃を食らってもそうした部屋のほうが残る確率が高いからだ。また、竜巻が近づいたときは窓を完全に閉めてはならない。外と家の内部の気圧差が大きくなると、窓が中から破裂してしまう恐れがあるから、空気の逃げ道を少し開けてやる必要があるのだ。こうしたことは日本やヨーロッパにいると知ることはないのだが、アメリカ中西部では生活する上での必要知識だ。中西部のホテルに泊まるとたいてい部屋にこうした注意事項が書いてある。広いアメリカ。ヨーロッパと違って大自然の驚異は厳しい。
     
秋の夜長といえばジャズ。ヨーロッパではジャズはアメリカに比べれば格段に人気もないし、演奏者も限られている。そんなヨーロピアンジャズメンの中で昔から第一線で活躍し、今も精力的活動を続けているのがベルギー人のジャズ・ハーモニカ奏者、トゥーツ・シールマンスだ。1922年生まれというからもう84歳。ブリュッセル在住である。私は十数年前、大阪ブルーノート(残念ながら近日閉店)で当時付き合っていた女性(今の妻)と彼の演奏を見たことがあるが今も度々来日しているから驚きである。

ジャズハーモニカ奏者という、世界でも稀有の存在。憂いと哀愁を帯びた音色はムーディなジャズに見事にはまり、ゲスト演奏者としても引っ張りだこに。ジャズでハーモニカが聞こえてくればこの人というくらい。クインシー・ジョーンズのR&Bの名盤「愛のコリーダ」や「バック・オン・ザ・ブロック」にも参加して見事な演奏を披露している。以下、長い秋の夜にぴったりな彼のアルバムをいくつか紹介。
     
街の北端に位置するアムステルダム中央駅からダムラック大通りを南に下るとダム広場にぶつかるが、そこを東に入ったところから街の雰囲気が一変する。どぎついネオンのポルノショップやアダルトビデオショップが建ち並び、あきれるほど開けっぴろげにビデオやら道具などが展示されている。そこからさらに一筋東に入った運河の周辺が飾り窓地区。英語ではRed Light District。その名の通り、ショーウィンドウに赤いライトをつけて、中にはセクシーな下着姿の女性が立って通行人に微笑みかける、世界的に有名な売春エリアである。女性の人種も国籍も様々。オランダでは売春は合法なので、公然とこういうエリアが存在する。男性は気に入った女性を見つけると扉を開けて中に入る。そうするとショーウィンドウのカーテンが閉じられるのだ。周囲は物珍しさで冷やかしに来ている観光客だらけなので、入るときも出るときも異常に人目につく。デリカシーとか、秘めやかさといった言葉はこの国にはまったく似合わない。

驚くのはその飾り窓地区の中心部に、アムステルダムでももっとも古いカトリック教会があることだ。13世紀に建てられたというDe Oude Kerk (The Old Church)である。

売春地区と由緒ある教会のミスマッチ。日本にも古い歓楽街の中には必ず神社があって地元の商売人の信仰を集めたと聞くが、それに似たような感覚だろうか。古い石造りの教会は夜は特にその漆黒の威容を誇り、その一角だけ深い闇のようだ。昔も今も変わらず周囲の狂態を見守っている。
     
今回のアムステルダムでは、とある大きな見本市に出展したのだが、とても残念なことが起こってしまった。我々の出しているスタンドから高価で大事な展示品が盗まれてしまったのだ。

手口はこうだ。スタンドのスタッフが少なくなった時間帯を狙って、複数のアラブ系の人が客を装って訪れ、半ば強引にスタッフに話をもちかけて気をそらす。まだ周囲にいる他のスタッフには、あつかましくも資料とドリンクを頼んで取りに行かせ、全員の目が離れた一瞬の隙に展示品をピックアップしていったのだ。警察や経験者によれば、こういう輩は展示会の度に出没し、目をつけたものがあると、よく観察してから素早く行動に移るとのこと。

どの世界にもプロはいるものだが、盗難のプロに会うのはこれが初めて。保険が効くものの、被害金額は五百万円に及ぶ。私はたまたま現場にいなかったが、責任は私にある。どうして防げなかったのか、悔しくて情けないものである。
     
アムステルダム二日目。天気は快晴。ここ数年、毎年のようにこの時期ここに来ているが、9月のオランダは東京や大阪の10月半ばくらいの感じで温度は快適で天気も良い。仕事なので観光する時間はまったくないのが残念。唯一の楽しみが夕食である。

以前書いたと思うが、オランダではインドネシア料理が有名。オランダがインドネシアの宗主国だった関係で移民が多く、インドネシア料理レストランの多さは世界の中でも突出している。というわけで今晩はインドネシア料理を食べることにした。

レストランは"Tempo Doeloe"(たぶんテンポ・ドゥールーと発音)。これはアムステルダムは二十数回訪問しているという初対面のイギリス人から薦められた店。町の中心部ダム広場から南に歩いて15分くらい、レンブラント広場の少し南にある。

店は小さいためか予約客しか受け付けない。夜8時ごろ電話したら、8時半から1テーブルだけ何とか確保できた。行ってみると、場所はさほど便利ではない割には目いっぱい客が入っており、店の評判の良さを伺わせる。店員はフレンドリーだし、各種の料理も実に美味。これまでアムステルダムでのインドネシア料理ははずれがないので、かなりよい確率でヒットしている。(オランダ料理ははずれることが多い。)ちょうどイギリスにおけるインド料理のようだ。

Indonesian Cuisine


インドネシア料理は小さなポーションがたくさん出てくるスタイル。
あまりよい写真ではないが、雰囲気はある程度つかめるのではと思う。
     
今日から来週半ばまでアムステルダムに滞在。一月ほど前に、車でオランダを通過したが、この街は確か一年ぶり。今回はドイツからなので車で二時間半ほど。220kmほどの道程だ。

アムステルダムはとてもユニークな街だが、ここはとにかくドライバー泣かせ。まず自転車の数は欧州随一。車列を縫うようにしてな自転車が走り回る。運河が縦横に走り、道は環状と放射状が交差しており、簡単に道に迷う。一方通行や歩行者も多く、路面電車(トラム)がそれに輪をかける。ヨーロッパの中では運転しにくい街のトップに位置する。

それでも、アムステルダムのごちゃごちゃと猥雑な感じは好きなのだが、私の同僚は至るところにあるコーヒーショップから漂うマリファナの匂いにどうしてもなじめないそうで、それが彼のこの街に対する印象を悪くしているそうだ。
     
私の名前をアルファベットでウェブ検索すると、海外のサイトがいくつかひっかかるのだが、その中になんと私の住所と電話番号が公開されているサイトを発見した。

Klicktelというこのサイト、個人の名前を入力するとその人の住所、電話番号、さらにご丁寧にその住所の航空写真地図までが表示される仕組みのサイトである。

私の情報が見事に公開されているので、最初どこから漏れたのだろうと不安になったのだが、試しに社内の同僚の名前を入力してみると、ドイツ人、日本人に関わらずたいていの人の住所と電話番号があっという間に検索できてしまうことがわかった。

プライバシー保護がうるさく言われるこの時代、ちょっと信じられないような話だが、会社で同僚のドイツ人に訊くと、ドイツでは電話帳にも個人名と住所と電話番号が併せて載っており、このサイトはそれを単純にネットに移し変えただけで、特に驚くようなことではないとあっさり言う。日本ではたとえ電話番号は電話帳に公開しても、住所までは普通記載しないし、最近は個人情報保護がうるさくなって、さらに神経質になっていると話すと、ドイツは安全だから大丈夫などと無責任な返事。まったく意に介していない様子。欧州を代表する先進国が意外にも個人情報保護に無頓着という一例。
     
幾度も引越しを繰り返しているとそのたびに何らかの家具を買うことは避けられないのだが、我が家がいつもお世話になるのが、イケア(英語ではアイケアと発音。ドイツ語ではイケア)である。世界最大の家具チェーン、当然ながらアメリカやイギリス、ドイツにも数多く進出しており、どこもほぼ同じスタイル、システムで同じ商品を安価に揃えているので、世界中どこにいようが勝手が知れており、重宝する。

数年前、そのイケアが華々しく売り出したアームチェアがPoang。これ、一万五千円程度と手ごろで、シンプルかつユニークなデザインと快い座り心地で我が家でもすぐに購入したのだが、それ以来イケアのフラッグシップモデルというか、ドイツだろうがイギリスだろうが、とにかく店の一番目立つところに多くのカラーバリエーションで並べてある。これが過去数年間世界中で同じように売られているだろうから、大変な数が出ていると思われる。この椅子のデザイナーはさぞかし鼻が高いだろうなと思ってデザイナーの名前を見たら“Noboru Nakamura“と、なんと日本人の名前。スウェーデンの誇る世界企業の売れ筋商品のデザイナーが日本人とは。この人、Googleで調べても海外のサイトばかりひっかかるので、ヨーロッパで有名でも意外と日本では知られていないのではないだろうか。

Poang

     
ベルリンでの二日目が終わった。今回は旧東ベルリン側のホテルに泊まっている。新しく快適なホテルだが、周囲は華やかな雰囲気とは言えず、日本でもさびれた都市によくありそうな無味乾燥で古ぼけた四角い建物が見渡す限りに並ぶ。ヨーロッパでも最も前衛的で刺激的な街としてこよなく愛する人も多いが、二度にわたる戦災とその後に続く冷戦とが、この街の風景を冷厳で殺風景なものにしている。このような大都市に不釣合いな小さな二つの空港は東北と南西に別れて、どちらも大きなジェット機は離着陸できず、そこにも冷戦時代の引き裂かれた歴史が垣間見えるのである。ベルリンが味わった冷戦の悲しさについては、春江和也著の「プラハの春」とその続編「ベルリンの秋」に詳しい。東ドイツとベルリンの壁の崩壊を描いたドイツ映画、「グッバイ・レーニン」も秀作である。
     
今日は娘の小学校の初登校日。ここ3週間ほど肌寒かったドイツだが、今日は比較的暖かい天気。

娘が通う小学校は英国式教育方針を採る学校だが、担任の先生はオーストラリア人、クラスメートはドイツ人を中心に、イギリス人、アメリカ人などが集まりインターナショナルな環境である。朝娘を車で学校に送り届け、すぐにクラスメートと楽しそうに話をする様子を見届けてから、オフィスに立ち寄り、ベルリンに飛ぶ。

ちょうど一年ぶりのベルリン。昨年はテーゲル空港で元スパイスガールズのSporty Spiceを見かけ、ベルリンメッセではアメリカで一緒に学んだ韓国人クラスメートに偶然再会したのだった。今日はまず展示会の準備をこなし、プレスカンファレンスに出席して、雑誌社のインタビューを受け、業界の人たちと話をしてといった社交的な一日。

夜は新しい仕事仲間であるイギリス人、ポルトガル人と一緒にベルリンの中心に近いHackescher Marktに繰り出し、スペイン料理を楽しんだ。フィンランドの大学で学び、オランダに住みながらドイツの日本企業のオフィスで働くという国際的な同僚のポルトガル人女性は、ポルトガルの誇る世界遺産の古都、ポルトの出身で、故郷の良さを自慢げに語り、私はまだ見ぬポルトの街並みに思いを馳せるのだった。彼女によれば首都リスボンはかつて震災で破壊された過去があり、そこに新たに街を作っているので街並みは比較的新しく、近代的な建物も多い。一方ポルトは古い町並みがくすんだまま残る古都なので古くて暗いとされ、観光客はみなリスボンに流れてしまうとのこと。

EU内でも経済成長著しいポルトガル、こ十年は万国博覧会、世界文化首都のホスト、2004年の欧州サッカー選手権(Euro 2004)の開催、さらにはEUからの補助金も受けて、順調にインフラなどの整備が急激に進みつつあるようだ。
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Author:TI
日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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