Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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今週は出張でベルギーのブリュッセルに行きました。車でデュッセルドルフからアーヘンを通過してオランダに入り、15分も走ればベルギー国境を越えます。ブリュッセル市内に入るとほどなく現れる巨大なガラス張りのEU本部ビルの真横を抜け、そこから先は文化遺産が立ち並ぶ旧市街エリアに入ります。ここまで来るのに約2時間半のドライブ。

ブリュッセルといえば美食の都です。フランス料理、チョコレート、ワッフル、ビールと、おいしいものには事欠きません。ミシュラン三ツ星レストランのキッチンで三時間以上かけて7コースもあるフランス料理を楽しみ、ワインを飲み、ピエール・マルコリーニのチョコレートをいただき、締めに世界遺産グランプラスにあるオープンエアのカフェでLeffeのビール、という贅沢な時間を過ごし、ホテルに戻ったのはもう夜中の2時でした。

今回一緒だったメンバーはドイツ人女性、イギリス人男性、そして中国人女性でした。香港生まれのこの中国人女性はベルギーに来て30年以上。並の男性ではとてもかなわないバイタリティと智恵で、中国人で女性であるというハンディを撥ね返し、ヨーロッパで成功を手にした彼女。人を見抜く眼は鋭く、説得力があります。間もなくヨーロッパを離れる私に彼女が語ってくれたのはこんな教訓でした。

 人は頭が良いだけでは上に立てない。部下を思いやることができなければ真のリーダーになることはできない。
 ビジネスで成功するには、人とのプロフェッショナルな距離感が必要。近すぎてはだめ。
 謙虚であること。しかし、その一方で自分を売り込み、守ることも必要。

こうして文字にしてしまうと平凡に見えますが、これが中国人でありながらヨーロッパで成功した人のコメントだと思えば少し違って見えてきます。特に三番目の、「自分を売り込み、守る」能力はともすれば伝統的な日本のビジネス社会では軽視されがちです。こうした点に中国人ならではの強さ、したたかさを感じました。グローバルなビジネスで成功するには必須の条件でしょう。普段、のほほんとした日本人である私としては、きちんと忘れずに胸においておきたい言葉です。
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日本はゴールデンウィークですが、こちらヨーロッパでは5月1日がメーデーでお休み。2日が金曜日だったので、ドイツではここを休んで4連休にした人も多いようです。特にオランダは4月30日が女王の誕生日ということで祝日。休みに挟まれた2日は自動的に休みになり、5連休でした。

私たち家族は土曜日にオランダのキューケンホフに日帰りで遊びに行きました。ドイツから片道2時間半のドライブはつい3日前にもスキポールへの出張で通った同じ道。キューケンホフはアムステルダム郊外の街ハーレムと、ライデンの中間に位置し、スキポール空港にも程近い。南西に行けばハーグ、ロッテルダムと並び、南東にはユトレヒトもあります。

チューリップが最盛となる春の数ヶ月しか開園しないキューケンホフなので、この週末はかなりの人出。駐車場ではオランダのみならずフランス、ベルギー、ドイツナンバーの車もたくさん見かけるし、園内ではイギリス人、アメリカ人、日本人、インド人、中国人など、世界中からの観光客をみかけました。

さて、園内は期待にたがわず、色とりどりの花々が咲き乱れるすばらしい眺めの連続でした。私は生まれてこのかた、ここまでたくさんの花が咲いているのを一度に見たことはありません。チューリップも見たことがないような色や形のものがたくさん咲いていました。
Keukenhof9   Keukenhof8
Keukenhof6

Keukenhof4


帰り道、高速道路A9を走っていると、突然渋滞にはまりました。スキポール空港脇を抜けてアムステルダム、ユトレヒトにつながるA9はオランダでも最も交通量の多い高速道路のひとつで平日はよく渋滞します。土曜日の夕方でも渋滞かと思って前方を良く見れば、前方で灰色の壁が立ちふさがっています。なんと、片側3車線、両側6車線の高速道路が跳ね上がって、下を流れる運河を通る船を通しているのでした。跳ね橋はアムステルダムの運河の名物で、私もアムステルダム市内で車を止められたことがありますが、まさか6車線の高速道路の流れをせき止めてまで跳ね橋にするとは、思いませんでした。最後の最後まで、さすがオランダという体験でした。
     
二日間、アムステルダムまで出張していました。ヨーロッパ各国とアメリカ、アフリカ、オーストラリア、中近東から100名ほどが参加した会議でしたが、東洋人は私一人。カンファレンス、食事、その後のバーでの会話と、日本語を一言も話さないし、聞かない二日間でした。当然初対面の人が多く、緊張を強いられる場ではありますが、こうした場での社交が後のビジネスに利いてくるので、逃げるわけにもいきませんし、個人的にも、南アフリカ人やロシア人の話を聞く機会などあまりないので、視野を広げるにも貴重なチャンスではあります。

ともあれ、今回はラジオの交通渋滞情報の違いについて。朝、ラジオを聞いていると、アナウンサーが「XXインターチェンジで渋滞Xキロ」などと言います。これは日本であれ、イギリスであれ、ドイツであれ同じで、万国共通だと思っていました。でも、オランダの渋滞情報はちょっとユニークです。オランダのラジオでも、どこそこで何キロ渋滞ということは当然伝えるのですが、それに加えて、彼らは全国の渋滞のキロ数を合計して報告します。つまり、「午前7時半現在のオランダ全国の渋滞数は367キロ」といった具合です。オランダ人と話をしていると、「今朝の渋滞は260キロだったからましだった」とか、「月曜の朝は渋滞が400キロもあって大変だ」などと言います。国全体の渋滞数を足すことで、いかにたくさんの車が走っているかをざっくりと見るわけです。全国の渋滞が多ければ自分の周囲の渋滞も多いだろうという関連性があるからこその集計だと思います。

ドイツや、イギリス、日本では対象範囲が広すぎて、あまり意味がないのでしょうが、日本であれば東京中心部とその周囲で絞れば有用なサービスかも知れません。人口が1600万人で、人口密度は日本以上に高いオランダならではの考え方だと思います。
     
クレーラー・ミュラー美術館外 

先週末、すばらしい秋晴れだったので、デュッセルドルフから北西に車で一時間半ほどの距離にある、オランダの国立公園デ・ホーヘ・フェルウェに遊びに行った。ここは広大な森になっており、その中心には、クレラー・ミュラー美術館という、ゴッホのコレクションで世界的に有名な美術館がある。

オランダ政府観光局の紹介ページ
Kröller-Müller MuseumのHP


夜のカフェ


この公園内では自転車を無料で貸し出しており、園内を自由に移動できる(自転車王国オランダらしい)。我々も幼児用座席がついた自転車と、娘が乗れるサイズの自転車を見つけ、中央広場から美しい紅葉の森の中を美術館に向かって走った。ちなみにこの自転車、ハンドブレーキがついていない。止まるには、ペダルを逆にこぐのだ。こちらの自転車には結構あるタイプで、それを知らなかった妻は止まれずに道をそれ、哀れ、脇の枯れ葉の中に突っ込んでいた。

森の中に建ち、周囲を彫刻やオブジェに囲まれたその佇まいは、箱根の「彫刻の森美術館」を思い出させたが、元祖はこちらだとのこと。

さて、ゴッホの作品だが、「夜のカフェテラス」「種まく人」「糸杉と星の見える道」「アルルの跳ね橋」などの超有名な作品を中心に数十点が並ぶ(所蔵品は270点あるらしい)。他にもピカソ、モンドリアン、ルノアール、モネ、ピサロ、ゴーギャンといった著名画家や彫刻家の作品も。日本でゴッホ展といえば大変な混雑だと聞くが、この美術館はアクセスがいいとは言えないためか、そんな混雑とは無縁のようだ。

クレーラー・ミュラー美術館内 
     
先週、アムステルダムに日帰り出張。オランダ人の同僚と一緒だったのだが、彼によれば、オランダ語でPocket Japaneseというと、「電卓」を意味するそうだ(オランダ語の発音は聞き取れなかった)。70年代に世界を席巻したCASIO(ドイツではカジオと発音)、SHARPといった日本メーカーに由来するニックネームとのこと。

こうした、国の特徴や強みが単語になった例は他にあるかと思い、考えてみるが、思いついたのは"China"=「陶磁器」くらいか。他には「割り勘」を意味する"On Dutch"、汚い言葉使いをわびる"Pardon my French."という英語表現。どちらも英国人がオランダやフランスを貶めるように作られた表現だ。英語にはこの手のオランダやフランスを茶化したような表現が多い。英語以外の言語に造詣が深くないので、英語以外の表現が思いつかないのだが、確かフランス語でコンドームのことを「イギリス人の帽子」と呼ぶと聞いたことがあるので、英語と同様に、他の言語にも周囲の国をからかうような表現はあるのだろう。

あと、話はややずれるが東京の八重洲がオランダ人「ヤン・ヨーステン」にちなんでいることを思い出した。
     
すばらしい秋晴れの先週末、自宅から車で一時間半ほどのところにあるオランダのマーストリヒト(Maastricht)までドライブ。マーストリヒトはオランダの最南端、リンブルフ(Limburg)州の州都で、ドイツとベルギー国境にはさまれた街。街の起源は紀元前のローマ時代までさかのぼり、オランダで最も古い町のひとつとされる。EUの創設を定めたマーストリヒト条約(Maastricht Treaty)が批准された場所として世界にその名を知られるが、人口は12万人にすぎず、中世の面影を残す中規模の落ち着いた町であり、そんな歴史的な政治の舞台となるような大仰な雰囲気はない。リンブルフ地方は他のオランダの町とは毛色が違い、文化的にはオランダよりもむしろフランスやベルギーの影響が強く、ラテン色が強いとされる。中世にはスペインの支配下だった時代もあるし、ナポレオンの時代にはフランス帝国の支配下にあった。リンブルグ語と呼ばれる、ケルト語を起源とする言語を持つのも特徴的だ。マイナーな言語のようだが160万人もの話者がいるそうだ。

ともあれ、マーストリヒトは、ケルト文明、ローマ帝国、ドイツ、フランス、スペイン、ベルギー、オランダと、様々な国と文化の影響をうけた街であり、複雑に入り組んだヨーロッパの歴史の象徴とも言える。EU条約の締結される街として、これ以上ふさわしい街もなかったかもしれない。オランダの古い街はどこもそうだが、新しい建築と古い建築が見事に溶け合って融合しており、オランダ・ベルギー独特の建築様式の建物が並ぶさまはとても趣がある。なぜ日本にこうした街づくりができないのだろうかと、改めて考えてしまった。

マーストリヒト~日曜の昼下がり


帰りに二つほどニアミスともいえるトラブルが。
     
7日木曜日のドイツは聖体祭というカトリックの祝日だったのだが、これはドイツのいくつかの州だけで、他のヨーロッパ諸国は休みではない。というわけで、お隣のオランダで会議があったため出張することに。朝6時に家を出て、祝日で車の少ないアウトバーンを快調に180kmですっとばす。ところが一時間近く走り、オランダ国境を越えたとたんにぞろぞろと車が列をなして高速に合流してくる。そしてオランダ名物の渋滞。ドイツとオランダの国境をはさんだこのコントラストはなかなか見事で、これは陸続きの国境をもたない日本人には珍しい体験だったかもしれない。

それにしてもオランダの渋滞はいつもひどいもので、特にユトレヒトからアムステルダムまでの南北に走る高速A2の40-50kmほどは本当にいつだったら空いているんだろうと思うほどである。夕方ドイツに戻るときもやはり同じところで渋滞に巻き込まれ、渋滞がなければ2時間半のところが3時間半かかってしまった。3時間睡眠で7時間の会議に出席、7時間のドライブというハードな一日。

でも、渋滞中の退屈しのぎに色んなFM放送局をザッピングしたおかげでアムステルダムにどんな放送局があるのか、ちょっと詳しくなってしまった。下が今日のお気に入り。

Sky Radio 
Arrow Jazz FM  
     
この週末はベルギーのブリュッセル(英語ではブラッセルズと呼ぶ)で過ごした。ドイツの自宅から距離にして二百数十キロ、車で片道二時間半なので、その気になれば日帰りもできる距離だが、今回は一泊を市の中心部グラン・プラスの近くのホテルで。

自宅から車で数十分走ってオランダに入り、そのまま間もなくベルギーとの国境を越える。オランダ側からベルギーに入ると高速道路上の道路標識や広告などはすべてオランダ語で、フランス語を目にするのはブリュッセルに入ってから。ブリュッセルに入るとフランス語が強くなり、オランダ語は併記されるという感じだ。なお、ドイツ、オランダ、ベルギーの三国が国境を接し合う、オランダのマーストリヒト市などを含むエリアはリンブルク地方と呼ばれ、リンブルク語というオランダ語から派生した独自の言語を持つエリアであることは最近知った。

実はブリュッセルに泊まるのは六年半ぶりである。前回は2000年の暮れだった。当時は初めてのイギリス駐在をしてまだ一年足らずで、ヨーロッパの何もかもが珍しく新鮮に感じられた頃。特にイギリスで鍛えられた?舌は味に敏感になっており、美食の街とされるブリュッセルの料理やワッフルに感動したものだ。今回の旅でもベルギー料理は楽しみにしており、前回も訪れたベルギー・レストランに再度行ってフラマン風ビーフシチューなどをいただいた。さすがに前回ほどの新鮮な感激はなかったものの、おいしい料理は変わらず。

ブリュッセルの名所旧跡は、「世界一美しい広場」とビクトル・ユーゴーが評したと言われるグラン・プラスが圧巻だが、それ以外は旅行者を圧倒する何かがあるかといえばそうでもなく(「小便小僧」は、期待はずれの観光名所ランキングのアンケートがあれば間違いなく上位に来るだろう)、近隣のパリやアムステルダムに比べるとやや地味な印象ではある。観光するだけなら、近くのブルージュの方が印象に残るだろう。ただ、ブリュッセルはかつてからECやNATOの本部が置かれており、現在もEUの本部がある、地理的にも政治的にも欧州の中心であり、このことがこの街を国際都市として特別なものとしている。見れば街中を走る市バスに「NATO行き」などと書かれており、ちょっと物々しい。治安面では、浮浪者やちょっと怪しい風貌の人たちもよく見かけ、安全な感じはしないが、これはアムステルダムでも同様だし、パリよりはましだろう。

ちなみに、今回いくつか見た中で最も繁盛していたチョコレート屋さんは
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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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