Europe Watch

 これまでイギリス、アメリカ、ドイツと移り住んできたビジネスマンが、海外での暮らしや習慣、ビジネスなどについて様々な視点から語るブログです。
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いよいよ私のヨーロッパ生活も今週で最後となりました。日本を出て八年と数ヶ月。二年弱のアメリカをはさんで、通算六年半ほどをイギリスとドイツで過ごしました。最初、日本からイギリスに出てきたとき、様々な生活様式の違いや常識のずれに戸惑いや驚きを感じながらも、そんなものかと、郷に入れば郷に従えの感覚で、極力イギリスのやり方に自分を合わせてきました。しかし、次にアメリカに移ってみるとそのイギリスの常識とはまた違う常識がそこにあり、さらにドイツに移ればドイツならではの生活慣習、ルールがありました(やはり、ドイツが最もルールや規範に厳格でした)。知らない国でもそこに一年もいると、だいぶ様子が分かってきて、その土地の慣習に慣れてきて、数年もすれば、最初感じていた違和感も忘れていくのでしょうが、私の場合、慣れた頃に次の国、そしてまた次と移り住んできたため、それぞれの国の文化や考え方の違いがより際立って感じられたようです。ブログではそんな私の戸惑いや驚きをなるべく書き留めるようにしてきました。ブログの形でしたためたのはこの八年のうちの最後の三年だけなので、本当に新鮮な驚きやカルチャーショックを受けた時期はすでに過ぎ去っていましたが、逆に英米独での生活を一通り体験して、ある程度様子が分かっている者ならではの独自の視点を持てたと思います。時間と共にそういった感覚、視点は変わっていきますし、記憶も風化しますから、その時々に何をしていて、何をどう感じたのかを切り取り、ブログの形で書き留めることで、自分の中に漠然と存在する疑問や思考を整理することができました。そんなブログも、帰国をもってその役割を終えます。今までコメントを下さった方、拍手をいただいた方、読んでいただいた方、どうもありがとうございました。とても励みになりました。またいつか、別の形でブログを再開するかもしれませんので、またその時にお会いできれば幸いです。

Eifle Tower - EU Flag
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先週は仕事も大詰めを迎えました。水曜と木曜はアムステルダムでいくつかの打ち合わせとプレゼンをこなし、翌日金曜は日帰りでロンドンという過密スケジュール。しかもそれに続く土日はパリでした。

アムステルダムでは仕事仲間と夕食をともにしましたが、そのうち二人がイタリア人でしたので、ちょうど日本で話題になっていた、フィレンツェのサンタ・マリア・デル・フォーレ大聖堂に落書きした日本人への処罰について、彼らの意見を聞いてみました、彼らの反応は予想した通り、「イタリア人は大して気にしていないのに、とても厳しい処罰だ」というものでした。日本人との付き合いが10年に及ぶ、私のイタリア人上司は、日本人はとても礼儀正しく、こうしたことを国として恥と感じるので、とても厳しいのだともう一人のイタリア人に解説してくれました。それが日本のよさでもあり、時に理解しがたい点でもあるとのこと。そこから話は、ナポリなど南イタリアの人たちがいかにルールを守らず、無秩序かという話題に移っていきました。

翌日金曜は早朝の便でロンドンに飛んで、イギリスでお世話になったビジネスパートナーに挨拶に訪れ、オランダ人後任者を紹介して回りました。久しぶりのヒースロー空港では、新しいけれど悪評高い第五ターミナルを初体験。まだ作りかけのように見えるワイヤーむき出しの天井のデザインに驚きました。日中はイギリスに欧州本社を置く、とある韓国企業を訪ね、昼食は社員食堂で韓国料理をいただくという貴重な体験。一緒に食事をしたのは韓国人ではなく、インド系イギリス人でしたが。

午後のミーティングが終わってから、夕方には再びヒースローへ。うわさには聞いていましたが、第5ターミナルのブリティッシュエアウェイズのラウンジは全面大きなガラス張りで、滑走路が目の前に広がる見事な眺め。そこでオランダ人の同僚と、帰りの飛行機を待つ間話をしましたが、「日本に帰ることによるメリットは何?」と訊かれました。

私はいくつか浮かんだ答えの中から、「日本語で仕事や生活ができることで、自分の能力が発揮しやすくなること」と答えました。外国語でのコミュニケーションにはどうしても不利な点が伴います。彼はそれに強く同意。英語が驚くほど流暢なオランダ人ですが、それでも英語は外国語。言いたいことがうまく伝わらない、細かいニュアンスを伝えられないもどかしさはあるそうで、いろいろと現実に起こったコミュニケーションの行き違いなどを挙げながら、話は盛り上がったのでした。

そうこうしているうちに離陸時間が迫ってきましたが、私が知らなかったのは、第五ターミナルはA、B、Cと三つゲートがあり、それぞれをシャトル列車で移動しなければならないことでした。ヒースローの他の4つのターミナルと比べて第五は広大。それを知らなかった私は出発間際に搭乗口に駆け込む羽目になってしまったのでした。まるで慣れない旅行者でした。
     
ドイツがEURO2008の決勝に臨むというその日は快晴。あまりの天気のよさに誘われ、ドライブに出かけました。もちろん、試合が始まる夜までには帰ってこなければならないので、近場で、かねてから行きそびれていた場所、モンシャウ(Monchau)に行くことにしました。ベルギー国境に近いドイツの村で、アーヘンの少し南にあります。デュッセルからだと車で一時間半くらい。クリスマスマルクトでよく知られるこの村は、緑豊かな谷あいにある小さな美しい村でした。小川沿いの道に車を止め、歩いて街に入るとおとぎ話のような風景が広がります。市内を45分で巡る観光トラムに乗ると丘の上の要塞までも連れて行ってくれます。ガイドブックなどは持っていなかったので、何をするでもなくぶらぶら歩くだけでしたが、気持ちの良い天気に美しい町並みが良く映え、リラックスした時間を過ごすことができました。

Monchau Monchau-2
     
最近、周りのドイツ人やオランダ人、イギリス人などから、「日本に帰ることになって感想はどう?」とよく聞かれます。単なる挨拶代わりの質問ではありますが、その裏には、「日本なんかに帰ったらまた生活が大変だよね。かわいそうに」という哀れみが含まれていると感じる場合がよくあります。日本=「残業地獄」、「通勤地獄」とか、「休めない」「家が狭い」、「物価が高くて生活が苦しい」といったネガティブな先入観が固定化されているわけです。彼らから見れば、極東の生活後進国からやって来た日本人が、豊かで自由なヨーロピアンライフを満喫して、また不自由な監獄に連れ戻されていくというイメージがある=だから可哀想、となるわけです。そこには日本の生活レベルを一段下に見る、ヨーロッパの傲慢さがあり、偏見や認識違いもありますが、いくばくかの真実が含まれているのも事実。

私の隣人はドイツ人の銀行員で、奥さんがイタリア人。先日通りかかったときに話をしたら、彼らは今週から奥さんの実家のあるトスカーナに家族で帰省するとのことでした。どれくらいの期間銀行を休むのと訊いたら、あっさり三週間だと言います。こちらは一週間ぶち抜きで休むのがやっと。日本に帰ればほぼ暦どおりですから、それも難しくなります。ドイツやオランダ、フランスといった国々では二週間から三週間の夏期休暇は当たり前。北欧では一ヶ月丸まる休みという人が主流だと聞きます。休めばよいというものではないという議論があるのは百も承知ですが、休むことが既得権益として市民社会の仕組みに組み込まれているヨーロッパの人にとっては、滅私奉公を強いられるような日本社会のあり方は、受け入れがたい社会主義的、会社主義的考え方と映ります。

以前、イギリスからアメリカに引っ越すとき、多くのイギリス人の反応は「何を好き好んでアメリカへなんか」という感じでしたが、当時の上司だったイギリス人は「アメリカの生活はイギリスよりもQuality of Lifeが高いからいいよ」と言いました。実際に住んでみると、確かに物質的な衣食住の豊かさではアメリカのほうが上を行っていました。また、別のケースでは、先月、同僚のオランダ人女性は「憧れのアメリカ」に引っ越すと言って、サンフランシスコに引っ越して行きました。アメリカと言えば、見下す人も多いヨーロッパですが、このように、一方で憧れの感情も強いのも事実です。

国の魅力が人を惹きつけ、活力を生み出し、それが政治的にも国力を高めるというソフトパワーの時代です。日本のライフスタイルが世界でベストではないのは事実でしょうが、一方で日本は自己PRが下手なのも事実だと思います。「なぜ外国人が日本に住みたいと思わないのか」「なぜ日本人が日本から脱出したいと思うのか」といった点をより掘り下げて考えて、将来に通じる魅力的な日本を形作っていきたいものです。
     
今週は出張でベルギーのブリュッセルに行きました。車でデュッセルドルフからアーヘンを通過してオランダに入り、15分も走ればベルギー国境を越えます。ブリュッセル市内に入るとほどなく現れる巨大なガラス張りのEU本部ビルの真横を抜け、そこから先は文化遺産が立ち並ぶ旧市街エリアに入ります。ここまで来るのに約2時間半のドライブ。

ブリュッセルといえば美食の都です。フランス料理、チョコレート、ワッフル、ビールと、おいしいものには事欠きません。ミシュラン三ツ星レストランのキッチンで三時間以上かけて7コースもあるフランス料理を楽しみ、ワインを飲み、ピエール・マルコリーニのチョコレートをいただき、締めに世界遺産グランプラスにあるオープンエアのカフェでLeffeのビール、という贅沢な時間を過ごし、ホテルに戻ったのはもう夜中の2時でした。

今回一緒だったメンバーはドイツ人女性、イギリス人男性、そして中国人女性でした。香港生まれのこの中国人女性はベルギーに来て30年以上。並の男性ではとてもかなわないバイタリティと智恵で、中国人で女性であるというハンディを撥ね返し、ヨーロッパで成功を手にした彼女。人を見抜く眼は鋭く、説得力があります。間もなくヨーロッパを離れる私に彼女が語ってくれたのはこんな教訓でした。

 人は頭が良いだけでは上に立てない。部下を思いやることができなければ真のリーダーになることはできない。
 ビジネスで成功するには、人とのプロフェッショナルな距離感が必要。近すぎてはだめ。
 謙虚であること。しかし、その一方で自分を売り込み、守ることも必要。

こうして文字にしてしまうと平凡に見えますが、これが中国人でありながらヨーロッパで成功した人のコメントだと思えば少し違って見えてきます。特に三番目の、「自分を売り込み、守る」能力はともすれば伝統的な日本のビジネス社会では軽視されがちです。こうした点に中国人ならではの強さ、したたかさを感じました。グローバルなビジネスで成功するには必須の条件でしょう。普段、のほほんとした日本人である私としては、きちんと忘れずに胸においておきたい言葉です。
     
日本を離れて八年と三ヶ月、イギリス、アメリカ、ドイツ、イギリス、ドイツと渡り歩いた海外生活もあと一ヶ月となりました。目下帰国準備に追われています。今回一番時間とエネルギーを割いたのが帰国後に住む場所探しです。帰国後、どこに住みたいのか、どこの学校が帰国子女の受け入れがしっかりしているのか、小学校だけではなく、中学進学まで視野に入れるとどうなのか、通勤時間は、家賃は、などなど、考え出すと様々な要因が複雑に絡み合い、どれを優先してどれを犠牲にするのか、とても迷いました。毎晩毎晩、仕事を終えて帰宅してからネットとにらめっこです。色々と見て考えているうちに何を優先して、何を妥協すべきかが見えてきましたが、そこにいたるまではかなり寄り道をして悩みました。

ネットの威力はすごいものがあります。海外にいながらにして、日本の学校の事情から、マンションの価格調査、不動産屋との連絡、住もうと思っている場所周辺の航空写真まで、あらゆる情報が手に入ります。これが10年前なら手に入る情報はもっと限定されていたでしょう。ただ、情報が多すぎて、調べているうちにそちらにはまって、時間をかけた割には成果がなく、結果として効率が悪いということもありました。情報の取捨選択がこれほど大事になってきた時代も人類史上初めてでしょう。まさに時空を超えるネットの便利さとその裏に潜む難しさを実感するここ数週間でした。

ともあれ、次に住む場所は決まりました。ドイツの今の住居から広さは半分になるので、そのギャップに苦しまないかと少々心配です。こちらの人に、日本で住む場所の広さの話をするとまず眼をむいて驚かれ、次に憐れまれてしまいます。先日、オランダ人と話をしていて、アムステルダムで不動産を買うととても高いという話になりました。「いやいや、東京も高いですよ」と相槌を打っていたのですが、よく聞くとそのオランダ人がアムステルダムに持っているのは165平米+広い庭付きの家。築100年の家を買い取って自分たち好みにスケルトンリフォームしたといいます。東京で165平米で庭付き、加えてスケルトンリフォームはとても庶民に手の出るレベルにはありません。私とたいして年齢も家族構成も変わらない彼が得ている生活レベルは、私が得られるものより、はるかに高いようです。たとえ給料が同じレベルでも、その同じ給料で得られる住環境では、日本は欧米にはかないません。「日本では築年数の古い家は耐震性に問題があるので、怖くてとても買うことはできないんです。」と負け惜しみの良く分からないコメントで適当にお茶を濁しましたが、貧困な日本の住環境に悔しくなる瞬間でした。
     
私たち海外に住む日本人にとって不便なことの一つは、日本語の本やCD、DVDが手に入りにくいことです。日本人が多く住むヨーロッパの都市には日本の本屋さんがありますが、値段は日本の数倍もしますし、海外にも出荷してくれるオンラインストアは配送費用がとても高くつきます。私の会社は通販会社と法人契約していて、海外駐在員は本や雑誌を送料会社負担で日本から取り寄せることができますが、対象は本のみ。CDやDVDは対象になりません。そんな中、CLUB Japanという通販会社が数年前からCD,DVD全世界送料無料サービスというのを始めました。なんといっても送料無料ですから、日本で買うのとコストは変わりませんし、自宅まで配送してくれますから、重宝していました。しかし、昨今の異常な原油高の影響で、この送料無料サービスを続けられなくなったというメールが届きました。今後は数百円の送料を取ることにしたようです。

日本でもガソリンをはじめ様々な物価が値上がりしているようですが、ヨーロッパでも消費者物価がユーロ導入以来最大の上げ幅を記録しました。インフレを懸念したECBが利上げを計画し、それがさらなるドル安と原油価格高騰を呼ぶという悪循環にはまっています。原油の高騰は我々生活の様々なところに影響を及ぼし始めています。
     

先週の木曜と金曜はミラノに出張でした。大雨のドイツを発って一時間と少し、アルプスを越えるとイタリアは気温25度のよい天気でした。

ミラノ・マルペンサ国際空港からミラノ市内までは、特急電車で中央駅まで40分かかります。タクシーを使えば100ユーロ前後。成田ほどではないものの、ヨーロッパの大都市としてはもっとも市内から離れている空港のひとつでしょう。(ミラノにはもうひとつリナーテ空港という欧州域内線が発着する中規模空港があり、こちらはもっと市内に近いところにあります。)

ここイタリアでも、サッカー欧州選手権の試合の行方は市民の最大の関心ごと。ホテルに向かう途中、タクシーの中では運転手がドイツ対クロアチアの試合をラジオで聞いていましたが、イタリア語なのでこちらにはさっぱり。ホテルに着いてから、ドイツが2対1でまさかの敗北を喫したと知りました。

仕事を終えた帰り道も、中央駅に向かうタクシーに乗りましたが、そのタクシーがなんとトヨタのプリウスでした。よく見ると、市内各所で見かけるタクシーにかなりのプリウスが混じっています。イタリアのタクシーといえば、フィアットかアルファロメオと相場が決まっていましたので、ここまでたくさんのトヨタ車が使われているのは意外な発見でした。

ドイツではタクシーといえばメルセデスがほとんどですし、フランスならルノーにプジョー、シトロエンがほとんど。それぞれの国で個性的で独自性を誇るこだわりの車文化が出来上がっていますから、日本車が入りこめる余地はこれまで限られていました。そんな中、ミラノのタクシー業界にここまでプリウスが食い込めたのはなかなかエポックメイキングなできごとではないでしょうか。

実はプリウスに乗ったのは今回が生まれて初めて。イタリア人ドライバーの荒っぽい運転にも十分応えるだけの加速力を見せており、感心しました。運転手の彼もとても満足しているとのことでした。ガソリンが高く環境意識の高いヨーロッパのこと、今後ハイブリッドカーが入り込む余地はさらにありそうです。
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日本を離れて八年。イギリス、アメリカを経て現在ドイツ在住。30代も後半に入ったビジネスマンで二児の父。

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